+ + + + + + + + + +
酒気を含んだ息が、ぬるい夜風に溶ける。
店を出るなり、とっとと歩きだしたイルカについて行く。
足取りも顔色も酔っているふうではなかったが、相当な量を呑んでいたのが心配で、放って帰る気にはなれなかった。
「カカシ先生は、酒も強いんですね」
「そうでもないですよ。普段あんまり呑まないから、加減が分からなくて」
「ちっとも顔に出てないじゃないですか」
呆れたように云うイルカへ、曖昧に笑ってみせる。
罪悪感で満たされた杯を重ねて、酔える筈もない。
何となく途切れた会話を繕う気も起きず、イルカの家の近所まで無言のまま歩き続けた。
十字路を曲がり際、不意に袖を引かれて立ち止まる。
「酔い醒ましに、お茶でも飲んで行きませんか」
口元に刷かれた笑みとは裏腹に、寂しそうな眼をしている。
ものいいたげに開かれた唇は、けれども小さな吐息を漏らしただけで、袖を掴んでいた指がそっと離れた。
最悪だ。
そんな姿に逆らえるぐらいなら、今もおとなしく首輪を巻かれていただろう。
「その辺に座ってて下さい」
勧められるまま小さな卓袱台の前に腰を下ろし、ぼんやりと室内を見回せば、懐かしさよりも驚きが先に立つ。
あまりにも変わっていない様子に。
変わっていないというより、何もかも記憶にあるイルカの部屋そのままだ。
ふと思い立って背後の床を指先で探れば、クナイの突き立てられた痕が、確かに残っている。
こんな疵を隠しも直しもせずに放ってあるのは、変だろう。
だって、これは恩知らずな狗の爪痕。
思い出したくもない筈だ。
それとも。
―――馬鹿か、俺は。
自分に都合の良い理由を拾い上げ、期待している。
犯した罪に懲りもせず。
いい加減、救い難い自分に嫌気がさして、深い溜め息をついたところにイルカが戻ってきた。
テーブルの上に湯呑みが二つ。
イルカの手には一升瓶。
「お茶?」
問えば、イルカは口の端を吊り上げて、皓い歯を見せた。
「般若湯」
「なるほど……」
見るからに殺風景な独り者の部屋。
その静けさを思い、人恋しさに俺を招いただけなんだろう。
お人よしは相変わらず、あんな目にあったのに俺みたいな奴を部屋に入れるなんて、そんなに油断していられるほど傷痕は薄れてしまったのだろうか。
朗らかに軽口を叩く、目の前のイルカは別人のようだ。
とめどなく話し、呑む。
器用に手首だけを返し、湯呑みの中身を喉に放り込んで、イルカはまるで水でも呑んでいるみたいに、平然と杯を重ねてゆく。
呆れるほど強い。
湯呑みになみなみと注ぎ足された酒に苦笑すると、イルカが肩を竦めた。
「明日は休みでしょう」
「ま、そうですが」
「それなら、泊まっていけばいい」
とんでもないことを云う。
「泊まってって。何時まで呑る気なんですか」
「そうですね、カカシ先生を潰すまで?」
「こわいことを。俺を潰してどうする気です」
他愛のない戯れを返せば、口元を綻ばせているイルカの声音だけが低められ、
「さあ。せっかく引っ張り込んだのに、なかなか酔ってくれない人を、どうしたらいいんでしょうね」
思わせ振りな言葉と笑みが、とろりと流れる。
意味を問うまでもなく、イルカの瞳はあからさまな欲を滲ませて潤んでいたが、それでも信じられない思いがした。
信じたくなかったのかも知れない。
だから、逃げ道を残そうと、笑った。
「それじゃあ、まるで」
「誘ってんです」
即座のいらえに躊躇いの響きはない。
目の当たりにしながら、現実感が伴わずに戸惑った。
幼子のように頑なであった人が、ずいぶんとしたたかな真似をするようになったものだと、いっそ感心する。
過去の幻影とも思える部屋の中で、イルカだけは生身の時を刻んでいたらしい。
「まいったな……」
突き付けられた時間の流れは思いのほか俺を動揺させ、繕う間もなく本音をこぼしていた。
「無理強いする気はありませんよ」
イルカは玄関に向けた人差し指を遊ばせながら、くつくつと喉の奥で笑っている。
物慣れた様子で、戯れめいた誘いをかける。
俺の知らないイルカ。
「んー、ちょっと意外で」
「そういう奴には見えない」
「ま、そうですね……酔ってます?」
「まさか」
突然イルカは立ち上がり、無造作にアンダーを脱いだ。
「……イルカ先生」
「俺は寝るつもりなので」
次々と着衣を脱ぎ捨てながら、部屋の奥へと向かう。
「眠りたいなら、帰ってください」
どこか投げやりに言い捨て、寝室に消える姿を、追わずにはいられなかった。
佇む俺に背中を向けたまま、イルカは片手で髪を括っていた紐を解く。
小さく乾いた音を立てて、髪が肩に落ちた。
けぶる月明かりに照らし出され、深い陰影の落ちた皮膚に残る傷痕が増えている。その背の中央に、まだ新しい大きな傷があるのを見て、不意に胸が重くなった。
見覚えのない傷。
俺の知らないイルカの時間の中で、過ぎ去った記憶は埋もれてしまったのかも知れない。
そうだ。
それが正しい。
―――でも。
せめて最後に、目の前の肌にひそむ熱に触れたいと思う。
勝手な思い出に縋って湧きあがる欲が情けなく、ひどく惨めであったが、それでも欲しいと、浅ましい狗が吠えていた。
覚悟を決めて服を脱ぐ俺を、月光を捉えて煌く双眸が見つめている。ゆっくりと這う視線に、血がさざめく。
上半身をあらわにしたところで、ベッドに引き込まれた。
イルカの躰がのしかかり、俺の腰の上に馬乗りになった。
誘うようにゆっくりと両膝が立てられ、狭間の陰りを隠そうともせず、大きく開く。
イルカの赤い舌先が、上唇を湿らせるように舐め、
「…ッ!」
突然、胸板に落とされた踵の衝撃で、息が詰まった。
「何を……」
起こしかけた上半身を押し返すように、体重を乗せた片足で強く踏みつけられる。胸にめりこむ踵の下で、肋骨が軋みを上げた。
「―――…何で、あんたが生きてるんだ」
低く、噛み締めるような呟き。
俯き長い髪に覆われた貌は、見えない。
「どの面さげて、今更ッ」
ぱたり、と腹の上に熱い滴が落ちてきて、俺はようやく理解した。
イルカがとうに気づいていたことを。
驚きと歓喜と、色々な感情が一気に押し寄せ、激しく思考が揺らぐ。ぐちゃぐちゃになった頭の中に、目眩がしそうだ。
覚えていてくれた。
貌も名も隠したまま別れたのに。
どうしよう。
すまないとか、切ないとかいう気持ちよりも、嬉しさが込み上げ溢れて、何も考えられない。
「ごめんね……イルカ先生」
やっとの思いで口を開けば芸もなく、抱え込んでいた言葉を云うのが精一杯だった。
もっと。
たくさん云いたいことはあったのに。もっと上手に詫びる言葉も覚えた筈なのに、みつからない。
「気安く呼ぶな! 畜生、何でっ」
「あんたに逢いたくて」
胸に乗せられた足首を掴んで引き寄せながら、素早く身を起こす。
「離せ、馬鹿野郎っ!」
俺を引きはがそうと、力任せに暴れる躰を両腕ごと、つよく抱き締めた。ぴったりと重ねた胸で、ふたつの心臓が弾けんばかりに脈打っている。
「逢いたかった」
そう鳴いているのは俺の鼓動だ。
額を預けたイルカの肩が、細かく震えている。
ひどい、と呟く声も。
「ずっと逢いたかった。あんたが欲しかった。他に何も欲しいなんて思えなかった」
馬鹿みたいに、ひそめていた願いだけを吐き出し、イルカを抱く腕に力を込めた。
「勝手な……」
苦しげな呟きは途切れたまま、その永遠の数秒に慄きながら俺は、闇雲にイルカの躰に縋りついていた。
もう離す気なぞない。無理だ。
「ごめんなさい。許してくれなくてもいい」
両腕の中に封じ込めたものを、逃さないのではなく、逃れられないとわかってしまった。
だから、噛み締められた口元に唇を寄せ、伝い落ちてきた雫を舐めて。
どうかこの愚かさを哀れんでくださいと、濡れた黒い瞳を見上げる。
「もう一度、俺を飼って」
あんたを置いて逃げ出したりしない。どこへ行こうと、きっとここに帰って来るから。
「―――俺は」
イルカの掠れた声音に、息を詰めた。
何かを堪えるように眉間を寄せたイルカの、見下ろす双眸に閉じ込められた俺の顔は緊張して、潤みに揺らぎながら答えを待つ。
「犬は、飼いません」
近づいてくる瞳の中に、歪んで映るのが獣でないと云うのなら、もう何ひとつ失うことはないだろう。
この身深く凝った罪を今更、ヒトとして償うことは叶うべくもないが、もし許されるなら。
俺を許そうとする人のために、残るすべてを。
「いいの、イルカ先生」
―――俺で。ここまま、側にいてもいいの。
「いい。だから」
もう一度、と、囁く唇が頬を掠めた。
イルカ先生。イルカ。
他の何よりも痛くて、温かい音を繰り返す。
いくらでも。触れるだけの口接けを交わしながら、望まれるだけ呼び続ける、その名にこもる思いでイルカを埋め尽くせたらいい。
重なる唇も、胸も、絡んだ指先も、穏やかで心地良い体温に融ける。満ち足りて尚消えない後悔の針を呑んだまま、俺はこの先ずっと、その微かな苦痛に焦がれるだろう。
呼ぶたびに悔やみ、もっと好きになる。
イルカ。
「カカシ、さん」
ためらいがちな応えに身を懐かせ、鼻先を擦り寄せる。
まるで心を見透かしたように、イルカは少しだけ痛そうな貌をして、それから、嬉しそうに微笑った。
[終]
2002/10/05〜2004/07/25(11/26改稿)
店を出るなり、とっとと歩きだしたイルカについて行く。
足取りも顔色も酔っているふうではなかったが、相当な量を呑んでいたのが心配で、放って帰る気にはなれなかった。
「カカシ先生は、酒も強いんですね」
「そうでもないですよ。普段あんまり呑まないから、加減が分からなくて」
「ちっとも顔に出てないじゃないですか」
呆れたように云うイルカへ、曖昧に笑ってみせる。
罪悪感で満たされた杯を重ねて、酔える筈もない。
何となく途切れた会話を繕う気も起きず、イルカの家の近所まで無言のまま歩き続けた。
十字路を曲がり際、不意に袖を引かれて立ち止まる。
「酔い醒ましに、お茶でも飲んで行きませんか」
口元に刷かれた笑みとは裏腹に、寂しそうな眼をしている。
ものいいたげに開かれた唇は、けれども小さな吐息を漏らしただけで、袖を掴んでいた指がそっと離れた。
最悪だ。
そんな姿に逆らえるぐらいなら、今もおとなしく首輪を巻かれていただろう。
「その辺に座ってて下さい」
勧められるまま小さな卓袱台の前に腰を下ろし、ぼんやりと室内を見回せば、懐かしさよりも驚きが先に立つ。
あまりにも変わっていない様子に。
変わっていないというより、何もかも記憶にあるイルカの部屋そのままだ。
ふと思い立って背後の床を指先で探れば、クナイの突き立てられた痕が、確かに残っている。
こんな疵を隠しも直しもせずに放ってあるのは、変だろう。
だって、これは恩知らずな狗の爪痕。
思い出したくもない筈だ。
それとも。
―――馬鹿か、俺は。
自分に都合の良い理由を拾い上げ、期待している。
犯した罪に懲りもせず。
いい加減、救い難い自分に嫌気がさして、深い溜め息をついたところにイルカが戻ってきた。
テーブルの上に湯呑みが二つ。
イルカの手には一升瓶。
「お茶?」
問えば、イルカは口の端を吊り上げて、皓い歯を見せた。
「般若湯」
「なるほど……」
見るからに殺風景な独り者の部屋。
その静けさを思い、人恋しさに俺を招いただけなんだろう。
お人よしは相変わらず、あんな目にあったのに俺みたいな奴を部屋に入れるなんて、そんなに油断していられるほど傷痕は薄れてしまったのだろうか。
朗らかに軽口を叩く、目の前のイルカは別人のようだ。
とめどなく話し、呑む。
器用に手首だけを返し、湯呑みの中身を喉に放り込んで、イルカはまるで水でも呑んでいるみたいに、平然と杯を重ねてゆく。
呆れるほど強い。
湯呑みになみなみと注ぎ足された酒に苦笑すると、イルカが肩を竦めた。
「明日は休みでしょう」
「ま、そうですが」
「それなら、泊まっていけばいい」
とんでもないことを云う。
「泊まってって。何時まで呑る気なんですか」
「そうですね、カカシ先生を潰すまで?」
「こわいことを。俺を潰してどうする気です」
他愛のない戯れを返せば、口元を綻ばせているイルカの声音だけが低められ、
「さあ。せっかく引っ張り込んだのに、なかなか酔ってくれない人を、どうしたらいいんでしょうね」
思わせ振りな言葉と笑みが、とろりと流れる。
意味を問うまでもなく、イルカの瞳はあからさまな欲を滲ませて潤んでいたが、それでも信じられない思いがした。
信じたくなかったのかも知れない。
だから、逃げ道を残そうと、笑った。
「それじゃあ、まるで」
「誘ってんです」
即座のいらえに躊躇いの響きはない。
目の当たりにしながら、現実感が伴わずに戸惑った。
幼子のように頑なであった人が、ずいぶんとしたたかな真似をするようになったものだと、いっそ感心する。
過去の幻影とも思える部屋の中で、イルカだけは生身の時を刻んでいたらしい。
「まいったな……」
突き付けられた時間の流れは思いのほか俺を動揺させ、繕う間もなく本音をこぼしていた。
「無理強いする気はありませんよ」
イルカは玄関に向けた人差し指を遊ばせながら、くつくつと喉の奥で笑っている。
物慣れた様子で、戯れめいた誘いをかける。
俺の知らないイルカ。
「んー、ちょっと意外で」
「そういう奴には見えない」
「ま、そうですね……酔ってます?」
「まさか」
突然イルカは立ち上がり、無造作にアンダーを脱いだ。
「……イルカ先生」
「俺は寝るつもりなので」
次々と着衣を脱ぎ捨てながら、部屋の奥へと向かう。
「眠りたいなら、帰ってください」
どこか投げやりに言い捨て、寝室に消える姿を、追わずにはいられなかった。
佇む俺に背中を向けたまま、イルカは片手で髪を括っていた紐を解く。
小さく乾いた音を立てて、髪が肩に落ちた。
けぶる月明かりに照らし出され、深い陰影の落ちた皮膚に残る傷痕が増えている。その背の中央に、まだ新しい大きな傷があるのを見て、不意に胸が重くなった。
見覚えのない傷。
俺の知らないイルカの時間の中で、過ぎ去った記憶は埋もれてしまったのかも知れない。
そうだ。
それが正しい。
―――でも。
せめて最後に、目の前の肌にひそむ熱に触れたいと思う。
勝手な思い出に縋って湧きあがる欲が情けなく、ひどく惨めであったが、それでも欲しいと、浅ましい狗が吠えていた。
覚悟を決めて服を脱ぐ俺を、月光を捉えて煌く双眸が見つめている。ゆっくりと這う視線に、血がさざめく。
上半身をあらわにしたところで、ベッドに引き込まれた。
イルカの躰がのしかかり、俺の腰の上に馬乗りになった。
誘うようにゆっくりと両膝が立てられ、狭間の陰りを隠そうともせず、大きく開く。
イルカの赤い舌先が、上唇を湿らせるように舐め、
「…ッ!」
突然、胸板に落とされた踵の衝撃で、息が詰まった。
「何を……」
起こしかけた上半身を押し返すように、体重を乗せた片足で強く踏みつけられる。胸にめりこむ踵の下で、肋骨が軋みを上げた。
「―――…何で、あんたが生きてるんだ」
低く、噛み締めるような呟き。
俯き長い髪に覆われた貌は、見えない。
「どの面さげて、今更ッ」
ぱたり、と腹の上に熱い滴が落ちてきて、俺はようやく理解した。
イルカがとうに気づいていたことを。
驚きと歓喜と、色々な感情が一気に押し寄せ、激しく思考が揺らぐ。ぐちゃぐちゃになった頭の中に、目眩がしそうだ。
覚えていてくれた。
貌も名も隠したまま別れたのに。
どうしよう。
すまないとか、切ないとかいう気持ちよりも、嬉しさが込み上げ溢れて、何も考えられない。
「ごめんね……イルカ先生」
やっとの思いで口を開けば芸もなく、抱え込んでいた言葉を云うのが精一杯だった。
もっと。
たくさん云いたいことはあったのに。もっと上手に詫びる言葉も覚えた筈なのに、みつからない。
「気安く呼ぶな! 畜生、何でっ」
「あんたに逢いたくて」
胸に乗せられた足首を掴んで引き寄せながら、素早く身を起こす。
「離せ、馬鹿野郎っ!」
俺を引きはがそうと、力任せに暴れる躰を両腕ごと、つよく抱き締めた。ぴったりと重ねた胸で、ふたつの心臓が弾けんばかりに脈打っている。
「逢いたかった」
そう鳴いているのは俺の鼓動だ。
額を預けたイルカの肩が、細かく震えている。
ひどい、と呟く声も。
「ずっと逢いたかった。あんたが欲しかった。他に何も欲しいなんて思えなかった」
馬鹿みたいに、ひそめていた願いだけを吐き出し、イルカを抱く腕に力を込めた。
「勝手な……」
苦しげな呟きは途切れたまま、その永遠の数秒に慄きながら俺は、闇雲にイルカの躰に縋りついていた。
もう離す気なぞない。無理だ。
「ごめんなさい。許してくれなくてもいい」
両腕の中に封じ込めたものを、逃さないのではなく、逃れられないとわかってしまった。
だから、噛み締められた口元に唇を寄せ、伝い落ちてきた雫を舐めて。
どうかこの愚かさを哀れんでくださいと、濡れた黒い瞳を見上げる。
「もう一度、俺を飼って」
あんたを置いて逃げ出したりしない。どこへ行こうと、きっとここに帰って来るから。
「―――俺は」
イルカの掠れた声音に、息を詰めた。
何かを堪えるように眉間を寄せたイルカの、見下ろす双眸に閉じ込められた俺の顔は緊張して、潤みに揺らぎながら答えを待つ。
「犬は、飼いません」
近づいてくる瞳の中に、歪んで映るのが獣でないと云うのなら、もう何ひとつ失うことはないだろう。
この身深く凝った罪を今更、ヒトとして償うことは叶うべくもないが、もし許されるなら。
俺を許そうとする人のために、残るすべてを。
「いいの、イルカ先生」
―――俺で。ここまま、側にいてもいいの。
「いい。だから」
もう一度、と、囁く唇が頬を掠めた。
イルカ先生。イルカ。
他の何よりも痛くて、温かい音を繰り返す。
いくらでも。触れるだけの口接けを交わしながら、望まれるだけ呼び続ける、その名にこもる思いでイルカを埋め尽くせたらいい。
重なる唇も、胸も、絡んだ指先も、穏やかで心地良い体温に融ける。満ち足りて尚消えない後悔の針を呑んだまま、俺はこの先ずっと、その微かな苦痛に焦がれるだろう。
呼ぶたびに悔やみ、もっと好きになる。
イルカ。
「カカシ、さん」
ためらいがちな応えに身を懐かせ、鼻先を擦り寄せる。
まるで心を見透かしたように、イルカは少しだけ痛そうな貌をして、それから、嬉しそうに微笑った。
[終]
2002/10/05〜2004/07/25(11/26改稿)
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この記事にコメントする
何度も何度も失礼します。
本当に何度も何度もコメントして、申し訳ありません。3度目のコメント後にようやく頭も冷えました。大変失礼しました。
全ての作品はあっという間に全てを読み終えました。
特に「狗の檻+楽園の人」の読後に最初にもった感想は、ハッピーエンドで終わってよかった、です!
読んでいて、とにかくもう苦しくて切なくて、たまにちくしょうカカシめと思ったりの応酬だったのですが、「楽園の人 後編」でイルカがカカシに気付いたのに救われました。
狗カカシ(すみません、こんな呼び方)を記憶に留めたままイルカは生きていくのかな、と思って少し悲しかったのですが、よかったです。
やはり最後はハッピーエンドがいいですね。後味スッキリ爽快です。
過去記事への度重なるコメント、勢いでの投稿とはいえ本当に失礼しました。
荒らしと思われても仕方がなかった、と大変反省しております。
それでは、次回の作品も楽しみにしています。
全ての作品はあっという間に全てを読み終えました。
特に「狗の檻+楽園の人」の読後に最初にもった感想は、ハッピーエンドで終わってよかった、です!
読んでいて、とにかくもう苦しくて切なくて、たまにちくしょうカカシめと思ったりの応酬だったのですが、「楽園の人 後編」でイルカがカカシに気付いたのに救われました。
狗カカシ(すみません、こんな呼び方)を記憶に留めたままイルカは生きていくのかな、と思って少し悲しかったのですが、よかったです。
やはり最後はハッピーエンドがいいですね。後味スッキリ爽快です。
過去記事への度重なるコメント、勢いでの投稿とはいえ本当に失礼しました。
荒らしと思われても仕方がなかった、と大変反省しております。
それでは、次回の作品も楽しみにしています。
>カモシィさん
ありがとうございます。
檻と楽園〜はとにかく二人を寄り添わせようと頑張ったので、後味スッキリでしたら本望です。
珍しく憎たらしい暗部君だった狗カカシですが、ふだんあまり書かないタイプなのと、イルカ先生に申し訳ないような気がするのとで、檻のほうが完成まで長くかかりましたが、自分では何となく楽園のほうがメインのような気がしていますので。
荒らしだなんてとんでもない。
とても嬉しい感想の数々をありがとうございました! 拍手もありがとうです。
息切れしない程度にゆっくり更新してゆくつもりですので、気長に見に来てください。
檻と楽園〜はとにかく二人を寄り添わせようと頑張ったので、後味スッキリでしたら本望です。
珍しく憎たらしい暗部君だった狗カカシですが、ふだんあまり書かないタイプなのと、イルカ先生に申し訳ないような気がするのとで、檻のほうが完成まで長くかかりましたが、自分では何となく楽園のほうがメインのような気がしていますので。
荒らしだなんてとんでもない。
とても嬉しい感想の数々をありがとうございました! 拍手もありがとうです。
息切れしない程度にゆっくり更新してゆくつもりですので、気長に見に来てください。
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