+ + + + + + + + + +
カカシは持久戦が苦手だった。
獲物が間合いに入るのを待ち伏せるのは苦にならない。何日だろうと何カ月だろうと待っていられる。しかし、包囲した敵の白旗を待つのも、延々と斗い続け体力を削り合って勝負を決するのも、大嫌いだった。
面倒臭い。
実力が五分なら自分から仕掛ける。結果的に持久戦にもつれ込むにしろ、先に血を流した方が不利なのは当然、敵の攻撃を引き出してからが〈写輪眼〉のつかいどころだ。
そんな戦場の癖が倣い性になっているのは鬱陶しいが、仕方がないのだともカカシは考えている。
年端もいかないうちに実戦に放り込まれ、鍛え抜かれた忍として名を馳せた代わりに、人並みの人生経験を積み損なった。
思えば、自分の反抗期も思春期も、尋常でない大人に取り囲まれて、あっさり黙殺されていたような気がする。
―――可哀想な、オレ。
カカシは途方に暮れていた。
不器用な恋をして、名ばかりの恋人の情を得ることも侭ならず、煮詰まった思いと性欲を持て余している。
―――いっそ、無理矢理ヤっちゃうかなー。
実現不可能であろう妄想に走る時点で、負け犬だった。
「お願いします」
「飯時にする話でもないでしょう」
視線を上げもせずに答えたイルカは、憮然とした面持ちで箸を動かし続けている。
イルカの言葉はもっともであるが、カカシにしてみれば、イルカの部屋に二人きり、妙な空気を作らずに色事の話題を持ち出せるのは、食事時くらいしか思いつかない。
実行に移しさえしなければ、イルカは艶っぽい話にも乗る。
どうやら初心というより行為に照れているらしいと、カカシが気づいたのは最近のことで、以来、雰囲気で押し流そうという目論みは捨てた。
直球でお願いしている。
理詰めで口説けば、イルカが常識を盾に取るのは明らかなので、ひたすら感情面に訴えるしかない。
「好きな人と一緒にいるのに、何もできないのはツライいです。あなたも男なら分かるでしょ」
泣きを入れているも同然なのだが、体裁に構っていられない程度には、カカシの自制心も切実な状態に追い込まれていた。
空いた飯茶碗に茶を注いでいたイルカが、ふと思い出したように苦笑する。
「で、同じ男の俺に、カカシ先生は何をする気なんですか」
「意地が悪いね、先生」
「お互い様でしょうが。嫌だって云ってるのに、聞き分けのない」
食後の茶を啜りながら、揃って溜め息をつく。
とりあえず、互いに対する不満の源は同じであるらしい。
カカシには嬉しくも何ともなかったが。
「ねぇ、どうしても駄目ですか」
一升瓶を抱え、湯飲みに酌をしてやりながらカカシがねだると、イルカは呆れたふうにカカシを見、次に湯飲みの中を見つめながら、ぼそりと云った。
「だって、男とは経験がないって云ったじゃないですか。俺は痛いのは御免です」
「そりゃそうでしょうが、俺だって配慮ぐらいします。一度やってみないと分からないでしょう」
「いや、痛いですから」
即座に断言されて、不安を覚えた。
「イルカ先生……もしかして…」
「は?」
訝しげに見返す表情に、カカシが安堵したのもつかの間、イルカは急に眉を顰めて醒めた言葉を投げ寄越す。
「ああ、いけませんか? カカシ先生、男に処女性を期待するのは、根本的に間違ってます」
そんなことはカカシにも分かっている。
分かってはいても納得したくないことはあるのだ。たとえば、自分には垣間見ることすら許されない桃源郷へ、既に分け入った男が存在するとか。
だが、そんな大人気ない感情に囚われ、イルカを責めるつもりはない。少なくとも、ないと思わせなければ不味い状況であろうと、カカシは判断した。
「いいえ、そんな! 俺は今のイルカ先生が好きなんですから、過去はどうでも構やしません」
カカシが殊更、力を込めて語った言葉に、
「……カカシ先生の気持ちはよく分かりました。絶対、嫌です」
イルカはにっこりと、器用にも口元だけで笑って見せた。
「あの、怒ってます?」
「別に」
冷ややかな横顔の、こめかみに浮かぶ青筋。
―――嘘つき。
一週間の接触禁止を言い渡され、悲嘆のあまり畳の目を数えているカカシには、もはやイルカの心中など計り知れない。
〈続〉
2002/10/08〜2002/10/13
2002/12/08:改稿
獲物が間合いに入るのを待ち伏せるのは苦にならない。何日だろうと何カ月だろうと待っていられる。しかし、包囲した敵の白旗を待つのも、延々と斗い続け体力を削り合って勝負を決するのも、大嫌いだった。
面倒臭い。
実力が五分なら自分から仕掛ける。結果的に持久戦にもつれ込むにしろ、先に血を流した方が不利なのは当然、敵の攻撃を引き出してからが〈写輪眼〉のつかいどころだ。
そんな戦場の癖が倣い性になっているのは鬱陶しいが、仕方がないのだともカカシは考えている。
年端もいかないうちに実戦に放り込まれ、鍛え抜かれた忍として名を馳せた代わりに、人並みの人生経験を積み損なった。
思えば、自分の反抗期も思春期も、尋常でない大人に取り囲まれて、あっさり黙殺されていたような気がする。
―――可哀想な、オレ。
カカシは途方に暮れていた。
不器用な恋をして、名ばかりの恋人の情を得ることも侭ならず、煮詰まった思いと性欲を持て余している。
―――いっそ、無理矢理ヤっちゃうかなー。
実現不可能であろう妄想に走る時点で、負け犬だった。
「お願いします」
「飯時にする話でもないでしょう」
視線を上げもせずに答えたイルカは、憮然とした面持ちで箸を動かし続けている。
イルカの言葉はもっともであるが、カカシにしてみれば、イルカの部屋に二人きり、妙な空気を作らずに色事の話題を持ち出せるのは、食事時くらいしか思いつかない。
実行に移しさえしなければ、イルカは艶っぽい話にも乗る。
どうやら初心というより行為に照れているらしいと、カカシが気づいたのは最近のことで、以来、雰囲気で押し流そうという目論みは捨てた。
直球でお願いしている。
理詰めで口説けば、イルカが常識を盾に取るのは明らかなので、ひたすら感情面に訴えるしかない。
「好きな人と一緒にいるのに、何もできないのはツライいです。あなたも男なら分かるでしょ」
泣きを入れているも同然なのだが、体裁に構っていられない程度には、カカシの自制心も切実な状態に追い込まれていた。
空いた飯茶碗に茶を注いでいたイルカが、ふと思い出したように苦笑する。
「で、同じ男の俺に、カカシ先生は何をする気なんですか」
「意地が悪いね、先生」
「お互い様でしょうが。嫌だって云ってるのに、聞き分けのない」
食後の茶を啜りながら、揃って溜め息をつく。
とりあえず、互いに対する不満の源は同じであるらしい。
カカシには嬉しくも何ともなかったが。
「ねぇ、どうしても駄目ですか」
一升瓶を抱え、湯飲みに酌をしてやりながらカカシがねだると、イルカは呆れたふうにカカシを見、次に湯飲みの中を見つめながら、ぼそりと云った。
「だって、男とは経験がないって云ったじゃないですか。俺は痛いのは御免です」
「そりゃそうでしょうが、俺だって配慮ぐらいします。一度やってみないと分からないでしょう」
「いや、痛いですから」
即座に断言されて、不安を覚えた。
「イルカ先生……もしかして…」
「は?」
訝しげに見返す表情に、カカシが安堵したのもつかの間、イルカは急に眉を顰めて醒めた言葉を投げ寄越す。
「ああ、いけませんか? カカシ先生、男に処女性を期待するのは、根本的に間違ってます」
そんなことはカカシにも分かっている。
分かってはいても納得したくないことはあるのだ。たとえば、自分には垣間見ることすら許されない桃源郷へ、既に分け入った男が存在するとか。
だが、そんな大人気ない感情に囚われ、イルカを責めるつもりはない。少なくとも、ないと思わせなければ不味い状況であろうと、カカシは判断した。
「いいえ、そんな! 俺は今のイルカ先生が好きなんですから、過去はどうでも構やしません」
カカシが殊更、力を込めて語った言葉に、
「……カカシ先生の気持ちはよく分かりました。絶対、嫌です」
イルカはにっこりと、器用にも口元だけで笑って見せた。
「あの、怒ってます?」
「別に」
冷ややかな横顔の、こめかみに浮かぶ青筋。
―――嘘つき。
一週間の接触禁止を言い渡され、悲嘆のあまり畳の目を数えているカカシには、もはやイルカの心中など計り知れない。
〈続〉
2002/10/08〜2002/10/13
2002/12/08:改稿
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