+ + + + + + + + + +
止められなかった。
咎める声音を聞きたくなくて、もの云いたげに開かれた唇を塞ぐ。
そのまま深く接吻ると、組み敷いた躰に緊張が走った。
抗おうとするイルカの四肢をねじ伏せるのは容易く、初めて味わう肌はあまりにも甘く、衝動にまかせた行為を止めることが出来なかった。
身の内を突き上げるような欲に駆られて、反らされた喉元に食いつき、しなやかな筋肉の陰りを指先でなぞる。
貪るようなカカシの仕業に、いつしかイルカの抵抗は失せ、ただ身を強ばらせているばかりになった。
ふと、頑なに乱れぬイルカの吐息が微かに震え、その面を覗き込んだカカシは息を呑んだ。
貌を背けるようにして空を睨む、気丈な眸が濡れている。
イルカは泣いていた。
声もなく。
全身から音を立てて血が引いてゆく気がした。
弾かれたように身を起こしたカカシの、急速に熱の失せた肉体が思考を取り戻す。自分のしでかしたことを把握した途端、背筋が粟立った。
―――馬鹿か、俺は。
まさに的確な自己評価を下しながら、カカシは深い悔恨に沈む。
誰よりも大切なひとが泣いている。
否、泣かせてしまったのだ。
自ら犯した過ちを悔やみながらも、イルカの頬を伝う涙を止めたくて、おずおずと伸ばした手は拳で払いのけられた。
「イルカ先生……」
刹那、向けられた一瞥の烈しさに、再び触れることも叶わず。
「……あんた、誰なんだ」
低く吐き捨てられた言葉の、意味するところを見出せない。
呆然とベッドに座り込んでいるカカシから貌を背け、あらぬ方を睨んだまま、イルカは抑揚のない声を紡ぎ出す。
「俺は、こんな下らない真似をする上忍なんか、ひとりも知りません………あんたは、誰なんですか」
痛烈だった。
イルカの信頼を裏切った男は〈はたけカカシ〉ではないと、暗に存在すら否定され、カカシは返す言葉もなくイルカの怒りを思う。
生来、心根の優しいイルカが、これほど厳しく人を拒絶するなど、実際に目にしていなければ信じられない。
酷いことを言わせている、と思った。
責められることよりも、それほどにイルカを傷つけた事実が痛くて、カカシは項垂れ唇を噛み締める。
過ちを償う術もなく、愚かな自分が恨めしく。
居たたまれなさにこの場を逃げ出したいくらいだが、そんなことをすれば間違いなく、イルカは二度とカカシを顧みようとはしないだろう。
ほんの数日、会えないだけで辛いというのに、イルカと別れて正気を保てるものかと、かなり情けない予感を抱いて、カカシは頭を上げた。
―――せめて。
涙の跡を見つめる視線に気づいてか、イルカは面を強ばらせ、カカシを睨みつけながら半身を起こす。
その眼差しに拒まれるのは、失うのも同然。
「イルカ先生」
必死の思いで呼びかける声にも、いらえはなく。
イルカは手の甲で乱暴に涙を拭って、苛立たしげに云う。
「悔し涙じゃないですから。里一番の忍が、こんな恥知らずかと思うと情けなくて」
容赦ない追い打ちに、カカシは辛辣という単語を正しく理解した。
イルカの忿りに怯みながらも、
「……ごめんなさい」
云って、深々と頭を下げる。
「聞きたくありません」
すげない返答は承知の上で、許されるとは思わなかったが、できれば許されたいとも思うほどにはイルカに執着していた。
恥も外聞もない。
「本当に酷いことをして、ごめんなさい。もうしません」
「聞きたくないって云ってるでしょう」
「ごめんなさい」
「うるさい…っ…」
ぱたりと落ちてきた滴が、シーツに染みをつくる。
「え?」
驚きにもたげかけた頭を強く押さえ込まれ、カカシの顔はベッドに埋まった。
「畜生………勝手なことばっかり、云いやがって……」
罵る口調とは裏腹に、イルカの両手が震えていると気づいて、力任せに躰を起こした。
向かい合わせに座り込み、俯いているイルカの表情は、長い前髪に隠れて見えない。
つよくカカシの髪を握る両手だけが、小刻みに震えている。
「何でも思い通りにして、俺のっ……俺の気持ちなんか…置き去りじゃないか」
くぐもった小さな声が、悲鳴のように聞こえた。
「ごめんね………俺に抱かれるのが、そんなに嫌だった?」
宥めるように囁きながら、悲しくて惨めで、云えない思いをカカシは呑み込む。
泣きたいのはこっちの方だよ、と。
〈続〉
2002/10/08〜2002/10/13
2002/12/08:改稿
咎める声音を聞きたくなくて、もの云いたげに開かれた唇を塞ぐ。
そのまま深く接吻ると、組み敷いた躰に緊張が走った。
抗おうとするイルカの四肢をねじ伏せるのは容易く、初めて味わう肌はあまりにも甘く、衝動にまかせた行為を止めることが出来なかった。
身の内を突き上げるような欲に駆られて、反らされた喉元に食いつき、しなやかな筋肉の陰りを指先でなぞる。
貪るようなカカシの仕業に、いつしかイルカの抵抗は失せ、ただ身を強ばらせているばかりになった。
ふと、頑なに乱れぬイルカの吐息が微かに震え、その面を覗き込んだカカシは息を呑んだ。
貌を背けるようにして空を睨む、気丈な眸が濡れている。
イルカは泣いていた。
声もなく。
全身から音を立てて血が引いてゆく気がした。
弾かれたように身を起こしたカカシの、急速に熱の失せた肉体が思考を取り戻す。自分のしでかしたことを把握した途端、背筋が粟立った。
―――馬鹿か、俺は。
まさに的確な自己評価を下しながら、カカシは深い悔恨に沈む。
誰よりも大切なひとが泣いている。
否、泣かせてしまったのだ。
自ら犯した過ちを悔やみながらも、イルカの頬を伝う涙を止めたくて、おずおずと伸ばした手は拳で払いのけられた。
「イルカ先生……」
刹那、向けられた一瞥の烈しさに、再び触れることも叶わず。
「……あんた、誰なんだ」
低く吐き捨てられた言葉の、意味するところを見出せない。
呆然とベッドに座り込んでいるカカシから貌を背け、あらぬ方を睨んだまま、イルカは抑揚のない声を紡ぎ出す。
「俺は、こんな下らない真似をする上忍なんか、ひとりも知りません………あんたは、誰なんですか」
痛烈だった。
イルカの信頼を裏切った男は〈はたけカカシ〉ではないと、暗に存在すら否定され、カカシは返す言葉もなくイルカの怒りを思う。
生来、心根の優しいイルカが、これほど厳しく人を拒絶するなど、実際に目にしていなければ信じられない。
酷いことを言わせている、と思った。
責められることよりも、それほどにイルカを傷つけた事実が痛くて、カカシは項垂れ唇を噛み締める。
過ちを償う術もなく、愚かな自分が恨めしく。
居たたまれなさにこの場を逃げ出したいくらいだが、そんなことをすれば間違いなく、イルカは二度とカカシを顧みようとはしないだろう。
ほんの数日、会えないだけで辛いというのに、イルカと別れて正気を保てるものかと、かなり情けない予感を抱いて、カカシは頭を上げた。
―――せめて。
涙の跡を見つめる視線に気づいてか、イルカは面を強ばらせ、カカシを睨みつけながら半身を起こす。
その眼差しに拒まれるのは、失うのも同然。
「イルカ先生」
必死の思いで呼びかける声にも、いらえはなく。
イルカは手の甲で乱暴に涙を拭って、苛立たしげに云う。
「悔し涙じゃないですから。里一番の忍が、こんな恥知らずかと思うと情けなくて」
容赦ない追い打ちに、カカシは辛辣という単語を正しく理解した。
イルカの忿りに怯みながらも、
「……ごめんなさい」
云って、深々と頭を下げる。
「聞きたくありません」
すげない返答は承知の上で、許されるとは思わなかったが、できれば許されたいとも思うほどにはイルカに執着していた。
恥も外聞もない。
「本当に酷いことをして、ごめんなさい。もうしません」
「聞きたくないって云ってるでしょう」
「ごめんなさい」
「うるさい…っ…」
ぱたりと落ちてきた滴が、シーツに染みをつくる。
「え?」
驚きにもたげかけた頭を強く押さえ込まれ、カカシの顔はベッドに埋まった。
「畜生………勝手なことばっかり、云いやがって……」
罵る口調とは裏腹に、イルカの両手が震えていると気づいて、力任せに躰を起こした。
向かい合わせに座り込み、俯いているイルカの表情は、長い前髪に隠れて見えない。
つよくカカシの髪を握る両手だけが、小刻みに震えている。
「何でも思い通りにして、俺のっ……俺の気持ちなんか…置き去りじゃないか」
くぐもった小さな声が、悲鳴のように聞こえた。
「ごめんね………俺に抱かれるのが、そんなに嫌だった?」
宥めるように囁きながら、悲しくて惨めで、云えない思いをカカシは呑み込む。
泣きたいのはこっちの方だよ、と。
〈続〉
2002/10/08〜2002/10/13
2002/12/08:改稿
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