+ + + + + + + + + +
そう広くもない部屋が、魚を焼く匂いでいっぱいになる。
たぶん、秋刀魚。
俺の好きな塩焼きに、山盛りの大根おろしを添えたやつ。
味噌汁は茄子で、他に葱入りの卵焼きとか簡単なものが二、三品。
あのひとは面倒臭がりだから、本当は台所仕事なんか好きじゃないはずだけれど、俺には手料理を食べさせてくれる。
盛り付けも味も、作った人の性格通りに大雑把で捻りのない料理が、俺は好きで。
特に長期任務の後だとか、しばらく会えなかった時には、滅多に作ってくれない俺の好物ばかり食卓に並ぶのが、嬉しい。
「ちょっと、カカシ先生」
おあずけの姿勢で台所の柱に凭れていた俺の頭の上から、機嫌の良さそうな声が降ってきた。
「はい、何でしょう」
「邪魔です」
愛想よく答えた俺を、イルカは無造作に脚で押しのける。
犬にでもするように。
いや、俺は犬の背中を蹴ったりはしない。そんなことをするのは心ない悪党だけだ。
「上忍を足蹴にしますか、あんたは」
ぞんざいな扱いにも慣れてしまっているのだが、一応、不本意であるということを、言うだけは言っておく。
「いいえ。そんな失礼なこと」
「してるじゃないですか」
「アナタにだけです」
鼻で笑い、夕食の皿をちゃぶ台に並べているイルカの、生意気な口を塞いでしまいたい。あの柔らかくて気持ちのいい唇が、どうして憎たらしい言葉ばかり紡ぐのだろう。
数多い上忍の中で俺だけが犬以下だと云う、可愛いひと。
疲れた俺を労うように気を遣ったりするくせに、絶対それを認めない。
他人には別人かと思うほど優しいが、親しい相手には口が悪くて手も速い。付き合ってから今までキスした回数より、殴つかれた回数の方が多いんじゃないかと思う。
だけど、愛しい。
骨太で逞しく、三白眼の男臭い顔立ちなのに、時々とても無邪気に、子供のように笑うのが可愛い。
それなりに鍛えているらしい、引き締まった躰も好きだ。堅い筋肉も慣れてしまえば、思いきり抱き締められる安心感が心地よく、ずっと抱いていたいような気がする。
見た目は地味なイルカだが、造作はそう悪くない。今だって、魚屋から貰ったという濃紺の前掛けが、異様に似合って男前。
「カカシ先生、飯」
ですよ、ぐらい付けても罰は当たらないと思う。
「わんっ」
「……厭味のつもりですか、そりゃ」
「とーんでもない。尻尾振ってるのが見えませんか」
ちゃぶ台に飛びつき言い繕う俺に、空のグラスが突き出された。
「任務、お疲れさまでした」
ぶっきらぼうな言葉と、注がれるビール。
このひとにしては破格のサービスに感動して、ビール瓶の栓を指で弾き飛ばした件につっこむのは止めた。栓抜きは今度買ってこよう。
のんびりと過ぎる時間、居心地のいい部屋、俺の為の食卓。
何もかも気持ちよく、かけがえなく思えるのだが。
「いただきます。イルカ先生、大好き」
「馬鹿なことを」
照れたように笑う、その貌が一番、好き。
「何か飲みます?」
風呂から上がったイルカが、冷蔵庫を覗きながら訊く。
「あー、ビール下さい」
「ん」
パジャマの上だけを着て壁に凭れ、本を読んでいた俺の頬に冷たい缶を押し付ける、イルカは当然、パジャマの下だけの姿だ。
二人分を洗うのは面倒だから、ひとつのパジャマを分けようと言い出したのは俺だったが、まさか、こういう配分になるとは考えてもみなかった。
実際、どちらが下半分を取るかで小一時間、揉めた。
普通は女の方が上を着るだろう、と言えば逆ギレされるのは目に見えていたので口には出せず、結局はイルカに言いくるめられてしまったのだ。
下だけを脱がす方が楽でしょう、と言われて納得してしまった俺も、たいがい横着なのかも知れない。
「何?」
片手でプルを弾く俺を、イルカがじっと見下ろしている。
「それ邪魔」
「これ?」
くい、と顎で示された本を閉じ傍らに置くと、立てていた両膝の間にイルカが座り込んだ。
ほこほこに茹だった背中を俺の胸に預け、湯呑みの冷や酒を舐めている。湯上がりに氷を放りこんだ酒もどうかと思うが、それよりも、イルカの行動に驚いて、俺は固まっていた。
何だか、甘えられているような。
とても貴重な状況に置かれている気がする。
いい匂いのする躰の重みと、布越しに伝わるイルカの体温に、心臓が早鐘を打ち、落ち着こうとビールを喉に流し込んだ。
ふと思い出したようにイルカが呟く。
「今回は長かったですね」
本当に、どうしちゃったんだろう、このひと。
いつもは俺の任務のことなんか、どうでもいいって貌をしているのに。
「ちょっと遠くまで行ったから……聞きたい?」
Aランクでしょう、と小さく笑って頭を横に振る。
どうしよう、すごく可愛い。
イルカに触れたのはずいぶん久し振りだったし、こんなに美味しい状態は奇跡的とも思え、できるだけ長く維持していたかったのだが、どうにも堪らなくなって、目前の肩に口づけた。
堅い腹筋に両腕を回し抱き締めると、腕の中の躰が少しだけ強ばり、それから、くたりと力が抜けた。
唇で首筋をたどれば、むずがるように身を捩る。
「カカシ、先生……」
掠れて甘い声音に気づいた。
本当に久し振りだから、欲しているのはイルカも同様で。
だから。
歯止めが効かなくなる前に、イルカを引っ担いで寝室に向かった。
〈続〉
2002/11/20〜
2003/08/14改稿
たぶん、秋刀魚。
俺の好きな塩焼きに、山盛りの大根おろしを添えたやつ。
味噌汁は茄子で、他に葱入りの卵焼きとか簡単なものが二、三品。
あのひとは面倒臭がりだから、本当は台所仕事なんか好きじゃないはずだけれど、俺には手料理を食べさせてくれる。
盛り付けも味も、作った人の性格通りに大雑把で捻りのない料理が、俺は好きで。
特に長期任務の後だとか、しばらく会えなかった時には、滅多に作ってくれない俺の好物ばかり食卓に並ぶのが、嬉しい。
「ちょっと、カカシ先生」
おあずけの姿勢で台所の柱に凭れていた俺の頭の上から、機嫌の良さそうな声が降ってきた。
「はい、何でしょう」
「邪魔です」
愛想よく答えた俺を、イルカは無造作に脚で押しのける。
犬にでもするように。
いや、俺は犬の背中を蹴ったりはしない。そんなことをするのは心ない悪党だけだ。
「上忍を足蹴にしますか、あんたは」
ぞんざいな扱いにも慣れてしまっているのだが、一応、不本意であるということを、言うだけは言っておく。
「いいえ。そんな失礼なこと」
「してるじゃないですか」
「アナタにだけです」
鼻で笑い、夕食の皿をちゃぶ台に並べているイルカの、生意気な口を塞いでしまいたい。あの柔らかくて気持ちのいい唇が、どうして憎たらしい言葉ばかり紡ぐのだろう。
数多い上忍の中で俺だけが犬以下だと云う、可愛いひと。
疲れた俺を労うように気を遣ったりするくせに、絶対それを認めない。
他人には別人かと思うほど優しいが、親しい相手には口が悪くて手も速い。付き合ってから今までキスした回数より、殴つかれた回数の方が多いんじゃないかと思う。
だけど、愛しい。
骨太で逞しく、三白眼の男臭い顔立ちなのに、時々とても無邪気に、子供のように笑うのが可愛い。
それなりに鍛えているらしい、引き締まった躰も好きだ。堅い筋肉も慣れてしまえば、思いきり抱き締められる安心感が心地よく、ずっと抱いていたいような気がする。
見た目は地味なイルカだが、造作はそう悪くない。今だって、魚屋から貰ったという濃紺の前掛けが、異様に似合って男前。
「カカシ先生、飯」
ですよ、ぐらい付けても罰は当たらないと思う。
「わんっ」
「……厭味のつもりですか、そりゃ」
「とーんでもない。尻尾振ってるのが見えませんか」
ちゃぶ台に飛びつき言い繕う俺に、空のグラスが突き出された。
「任務、お疲れさまでした」
ぶっきらぼうな言葉と、注がれるビール。
このひとにしては破格のサービスに感動して、ビール瓶の栓を指で弾き飛ばした件につっこむのは止めた。栓抜きは今度買ってこよう。
のんびりと過ぎる時間、居心地のいい部屋、俺の為の食卓。
何もかも気持ちよく、かけがえなく思えるのだが。
「いただきます。イルカ先生、大好き」
「馬鹿なことを」
照れたように笑う、その貌が一番、好き。
「何か飲みます?」
風呂から上がったイルカが、冷蔵庫を覗きながら訊く。
「あー、ビール下さい」
「ん」
パジャマの上だけを着て壁に凭れ、本を読んでいた俺の頬に冷たい缶を押し付ける、イルカは当然、パジャマの下だけの姿だ。
二人分を洗うのは面倒だから、ひとつのパジャマを分けようと言い出したのは俺だったが、まさか、こういう配分になるとは考えてもみなかった。
実際、どちらが下半分を取るかで小一時間、揉めた。
普通は女の方が上を着るだろう、と言えば逆ギレされるのは目に見えていたので口には出せず、結局はイルカに言いくるめられてしまったのだ。
下だけを脱がす方が楽でしょう、と言われて納得してしまった俺も、たいがい横着なのかも知れない。
「何?」
片手でプルを弾く俺を、イルカがじっと見下ろしている。
「それ邪魔」
「これ?」
くい、と顎で示された本を閉じ傍らに置くと、立てていた両膝の間にイルカが座り込んだ。
ほこほこに茹だった背中を俺の胸に預け、湯呑みの冷や酒を舐めている。湯上がりに氷を放りこんだ酒もどうかと思うが、それよりも、イルカの行動に驚いて、俺は固まっていた。
何だか、甘えられているような。
とても貴重な状況に置かれている気がする。
いい匂いのする躰の重みと、布越しに伝わるイルカの体温に、心臓が早鐘を打ち、落ち着こうとビールを喉に流し込んだ。
ふと思い出したようにイルカが呟く。
「今回は長かったですね」
本当に、どうしちゃったんだろう、このひと。
いつもは俺の任務のことなんか、どうでもいいって貌をしているのに。
「ちょっと遠くまで行ったから……聞きたい?」
Aランクでしょう、と小さく笑って頭を横に振る。
どうしよう、すごく可愛い。
イルカに触れたのはずいぶん久し振りだったし、こんなに美味しい状態は奇跡的とも思え、できるだけ長く維持していたかったのだが、どうにも堪らなくなって、目前の肩に口づけた。
堅い腹筋に両腕を回し抱き締めると、腕の中の躰が少しだけ強ばり、それから、くたりと力が抜けた。
唇で首筋をたどれば、むずがるように身を捩る。
「カカシ、先生……」
掠れて甘い声音に気づいた。
本当に久し振りだから、欲しているのはイルカも同様で。
だから。
歯止めが効かなくなる前に、イルカを引っ担いで寝室に向かった。
〈続〉
2002/11/20〜
2003/08/14改稿
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