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人生五十年の半ばに至り、物凄いものを拾ってしまった。
いろいろな意味で。
「ねえ、イルカ先生は両手でクナイ打てるよね」
唐突な質問に面を上げれば、真正面に座る男がちゃぶ台ごしに俺を見つめていた。
右の眼は群青、左は深紅の〈写輪眼〉。
上目使いに色違いの眼差しをよこす貌は、ちょっと凄まじいような美形だった。
はたけカカシ、二十六歳。今でこそ下忍の指導教官なぞを務めているが、暗部あがりのエリート上忍で、〈写輪眼のカカシ〉という二つ名は他国の忍の脅威であると云われている。
云われているという話だ。
何せ、里の中忍暮らしが長い俺が知るような遠方の噂など、多分に憶測を交えた伝聞に過ぎず、そんなものの真偽のほどは分からない。
だが、カカシが物凄い生き物で、俺にとって脅威であることは身をもって知っていた。
たとえば、今。
「右も左も、おんなじに使える?」
「子供みたいな言葉遣いをして。その場合は『同じく』とか『同じように』が正しい国語です」
「意味は通ってるでしょ」
いい大人が唇を尖らせ、それでも男前に見えるくらいの美貌というのは、なかなかに攻撃的な代物だ。
「一応、俺も教師ですから、忍具は一通り両方で使えますよ」
そう、と頷くカカシの微笑みは夢で見るように美しくて、つい見惚れそうになる。
カカシは人並み外れて麗しく。
「じゃあ、ひとりえっちの相手はどっち?」
人並み外れた馬鹿だ。
俺はあやうく取り落としかけた飯茶碗を掴みなおし、にやにやしている馬鹿を睨んだ。
「飯時に何ですか。どっちだろうと大きなお世話です」
「そう云わずに。両利きだって云われると気になるし」
数限りなく女を殺していそうな流し目をくれて、沢庵を齧っている。
当然のように俺の家に帰って来て、俺の焚いた風呂に入り、俺のしつらえた美味くもない夕食を食みながら、素面で俺の苦手な話題を振る上忍。
どうしてこんな馬鹿を拾って、否、上忍中忍の立場の差を考えれば俺が拾われたのかも知れないが、尋常ならざる関係に踏み込んでしまったのだろうか。
どうして、こんな男を好きになってしまったのだろう。
致命的なことに、俺は正解を知っている。
カカシの貌がどうしようもなく好きだから。
かつて目にしたどんな者よりも秀麗で、真面に見つめれば腑抜けになりそうなほど俺好みの、危険な貌。
「教えてよ、イルカ先生」
甘くねだるこの貌に、この声に。
「くノ一じゃあるまいし、俺のは忍具じゃありません」
律義に答えてやるからつけあがるのだと、分別がましい理性を蹴り飛ばす、俺は衝動だけの生き物になった気がする。
だから、カカシは嫌いだ。
その綺麗な器の内にある、里の誰よりも秀れた忍の部分に馴染めない。
数多の敵を斃し、同じくらいの女を押し倒してきたような、何かと手慣れていそうなところも、常には俺の粗雑な扱いに甘んじていながら、無意識の体で俺を振り回すところも、好きになれない。
「利き手なんだ」
何が楽しいのか、満面の笑みを浮かべている。
自分が情けなくなるくらい好きな、カカシの貌。
それが悔しく、俺はふて腐れた態度で食後の茶を注いだ。湯呑み中身がこぼれない程度に、乱暴な音を立ててカカシの前に置く。
「……そういうアンタはどうなんです」
「気になる?」
そんなワケねぇだろ、と即座に突っ込む内なる俺を、抑えておくのも最近は至難の技だ。
「別に。興味本位です」
「ま、いいけど。左手です」
「左利きでしたか」
「いや、逆。左の方が不器用だから」
「だから?」
「左手がイルカ先生、ということで」
内なる俺が、ちゃぶ台を引っ繰り返せと云っている。
美しい器に相応しい魂が宿るとは限らないが、それにしたってあんまりだろう。
こんなに綺麗なのに。愛しさで眠れなくなる夜もあるというのに。
目の前にいるのは色好みの変態上忍、しかも馬鹿。
そんな奴に惚れていることだけは、口が裂けても云えない。
〈了〉
2002/11/12〜
いろいろな意味で。
「ねえ、イルカ先生は両手でクナイ打てるよね」
唐突な質問に面を上げれば、真正面に座る男がちゃぶ台ごしに俺を見つめていた。
右の眼は群青、左は深紅の〈写輪眼〉。
上目使いに色違いの眼差しをよこす貌は、ちょっと凄まじいような美形だった。
はたけカカシ、二十六歳。今でこそ下忍の指導教官なぞを務めているが、暗部あがりのエリート上忍で、〈写輪眼のカカシ〉という二つ名は他国の忍の脅威であると云われている。
云われているという話だ。
何せ、里の中忍暮らしが長い俺が知るような遠方の噂など、多分に憶測を交えた伝聞に過ぎず、そんなものの真偽のほどは分からない。
だが、カカシが物凄い生き物で、俺にとって脅威であることは身をもって知っていた。
たとえば、今。
「右も左も、おんなじに使える?」
「子供みたいな言葉遣いをして。その場合は『同じく』とか『同じように』が正しい国語です」
「意味は通ってるでしょ」
いい大人が唇を尖らせ、それでも男前に見えるくらいの美貌というのは、なかなかに攻撃的な代物だ。
「一応、俺も教師ですから、忍具は一通り両方で使えますよ」
そう、と頷くカカシの微笑みは夢で見るように美しくて、つい見惚れそうになる。
カカシは人並み外れて麗しく。
「じゃあ、ひとりえっちの相手はどっち?」
人並み外れた馬鹿だ。
俺はあやうく取り落としかけた飯茶碗を掴みなおし、にやにやしている馬鹿を睨んだ。
「飯時に何ですか。どっちだろうと大きなお世話です」
「そう云わずに。両利きだって云われると気になるし」
数限りなく女を殺していそうな流し目をくれて、沢庵を齧っている。
当然のように俺の家に帰って来て、俺の焚いた風呂に入り、俺のしつらえた美味くもない夕食を食みながら、素面で俺の苦手な話題を振る上忍。
どうしてこんな馬鹿を拾って、否、上忍中忍の立場の差を考えれば俺が拾われたのかも知れないが、尋常ならざる関係に踏み込んでしまったのだろうか。
どうして、こんな男を好きになってしまったのだろう。
致命的なことに、俺は正解を知っている。
カカシの貌がどうしようもなく好きだから。
かつて目にしたどんな者よりも秀麗で、真面に見つめれば腑抜けになりそうなほど俺好みの、危険な貌。
「教えてよ、イルカ先生」
甘くねだるこの貌に、この声に。
「くノ一じゃあるまいし、俺のは忍具じゃありません」
律義に答えてやるからつけあがるのだと、分別がましい理性を蹴り飛ばす、俺は衝動だけの生き物になった気がする。
だから、カカシは嫌いだ。
その綺麗な器の内にある、里の誰よりも秀れた忍の部分に馴染めない。
数多の敵を斃し、同じくらいの女を押し倒してきたような、何かと手慣れていそうなところも、常には俺の粗雑な扱いに甘んじていながら、無意識の体で俺を振り回すところも、好きになれない。
「利き手なんだ」
何が楽しいのか、満面の笑みを浮かべている。
自分が情けなくなるくらい好きな、カカシの貌。
それが悔しく、俺はふて腐れた態度で食後の茶を注いだ。湯呑み中身がこぼれない程度に、乱暴な音を立ててカカシの前に置く。
「……そういうアンタはどうなんです」
「気になる?」
そんなワケねぇだろ、と即座に突っ込む内なる俺を、抑えておくのも最近は至難の技だ。
「別に。興味本位です」
「ま、いいけど。左手です」
「左利きでしたか」
「いや、逆。左の方が不器用だから」
「だから?」
「左手がイルカ先生、ということで」
内なる俺が、ちゃぶ台を引っ繰り返せと云っている。
美しい器に相応しい魂が宿るとは限らないが、それにしたってあんまりだろう。
こんなに綺麗なのに。愛しさで眠れなくなる夜もあるというのに。
目の前にいるのは色好みの変態上忍、しかも馬鹿。
そんな奴に惚れていることだけは、口が裂けても云えない。
〈了〉
2002/11/12〜
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