「たとえばそれは道端にひとつ青いビー玉、陽に透かし見るあなたの瞳に小さな海を描いて、宝物に変わる。」
むやみに長い題のシリアス、合同誌再録。
相変わらずカカイルの出会いから律儀に始まっています。
カカシ×イルカ(♂/♂)全6話。
+ + + + + + + + + +
馬鹿げたことだろう。
イルカの勤務が終わるのを待って、肩を並べ繁華街を歩いた。男二人で天候の話なぞしながら。上っ面を流れ揺蕩うくだらない会話。
お任せします、と控え目なイルカを連れて、適当に選んだ居酒屋の暖簾をくぐった。
落ち着いたつくりの店内を見回すと、客の中にはちらほらと中忍や上忍の姿もあり、壁に張り巡らされた品書きもそこそこで、背後の気配がほっと緊張を緩めるのを当然と、カカシは気取られぬほどの苦笑を浮かべる。
適当な場所を選んだ。
アカデミーから近からず遠からず、会話が妨げられることなく、中忍が気張らずにいられる程度の店を、同僚の冷やかしを受けながら事前にリサーチした時点で、馬鹿なことをしているとは思ったが。
そうまでして探り出そうという何かは、おそらく自分の負った責務には関わりのない事柄だ。それがイルカの私的な事情に由来するものなら尚更、知ろうとするのは悪趣味な覗き根性でしかない。
ただ、気障りで仕方ないのだ。
たかが各下の忍を計れないほど、自分の定規が狂ってしまったのなら、正さなければと思った。
遠慮がちに、しかし、すすめるまま杯を空けるイルカの変わらない顔色に、カカシは当初の目論みを捨てた。
「強いですねー、イルカ先生」
銚子の回転が速い。幼少時から薬物耐性をつけるのが倣いの忍に下戸は少ないが、それにしても。
カカシの酌を受けながら、イルカは照れたように鼻面の傷を掻いている。癖だろうか。よく目にする、子供じみたしぐさ。
「里にいると付き合いが増えるもので、いろいろと……」
歯切れの悪い言葉尻にさりげなく突っ込んでみれば、三代目に孫ができる以前には、頻繁に晩酌の相手をさせられていたと言う。
―――じじいめ。
子供に何を仕込んでいやがるのかと、カカシが内心で連ねた悪罵は八つ当たりだ。
酔い潰す前に、潰されるかもしれない。
もっとも、自制を失うまで酔わせたところで、暴れられたり泣き出されるのは厄介でしかない。それはそれでイルカの素顔には違いないだろうが、そこまで容易に表れるものなら、自分はとうに察していた筈だとも思う。
過信ではなく、確信。
実際、卓を挟んで向かい合うイルカはいつも通り、楽しげに子供達のことを語りながら、カカシの神経に触る微妙な空気も消えずにあった。
急くこともないかと思い直し、カカシは殊勝な素振りでイルカの話に耳を傾ける。
いつのまにか、半ば本気で聞き入っていた。
日頃子供を相手にしている所為か、イルカの説明は簡潔で分かりやすい。問えばすぐに、カカシが雑に省いた言葉を補うまでもなく、意を汲んだ詳細な答えが返ってくる。
肌が合うのだろうか、打てば響くような反応が気持ち好い。
―――気持ちいい、ていうか。
自分の生ぬるい感想に驚いて、カカシはつい、まじまじとイルカを見つめた。
まともに重なった視線の先で一瞬、黒い双眸が揺らぎ、次には静かに伏せられる。
ふと、会話が途切れているのに気づいたカカシが、口を開きかけた途端、それを制するようにイルカが言った。
「それで、オレに何の御用ですか」
別人のように平坦な声で。
「知らないことがありましたか? あったとしても、アナタには必要ないものでしょう、どれも」
そう。察しがいいのだと。
カカシが己の迂闊さを悔やむより速く、イルカは卑屈な陰など微塵もない笑顔を浮かべ、杯を伏せた。
二十五歳、独身。どこにでも転がっていそうな容貌の中忍。
目の前にいるのは、それだけの男。
どくん、と心臓の鼓動がつよくが跳ね上がる。
酔ってもいないのに目が眩むようで、カカシは眼を眇めた。
「いや……知りませんでしたよ」
嗤ったのは自分の馬鹿さ加減をだ。
「それは失礼を」
まるで信じていないように言う。
アナタがそういうひとだとは。喉元まで出かかった言葉をぬるい酒ごと呑み込み、カカシは改めてイルカを見た。
―――違うか。
〈イルカ先生〉が優秀なのは知っていた。不可解な違和感がどこから湧いてくるのかも。今までイルカに関わるのを避け、確かめずにいただけだ。確かめたくなかったから。
知らなかったのは、ひとつだけ。
はたけカカシの定規は正常。イルカ以外には。
朧げであった違和感は、むしろ強まった。
それがカカシの案じる通り、自身の不安定さを映したものなら、これからしばらくは続くような予感がする。
淡々としたイルカの気配に触れるたび、その闇色に溶ける虹彩に自分の姿を映すたびに。
何もかも、認めたくはないが。
いっそ、酔っていることにしてしまおうか。つまらないことしか思い浮かばないこの状態は、悪酔いによく似ている。
「んー、どうしたもんかな」
真剣に考えてみた。
基準を狂わせる原因を前にして、最善の策とはいかないだろうが、放っておくわけにもいかず、仕方なく。
仕方ないだろう。
今も。見覚えのない、無表情なイルカから目が離せず、思考を半分持っていかれている。
「個人的なことでしょうか」
地味で垢抜けない貌が、存外に整った造作だったとか。間近で注意深く見てみると、眦が切れ上がって白目の勝った、こわいような眼をしている、とか。
「ま、そういうことになりますか」
それでしかない。
素っ気ない話し方をする、イルカ先生ではなく、イルカ。
それは主観による区別に過ぎない。イルカ自身、その別を自覚しているのかどうかも怪しく、ただ、カカシがイルカの一面しか見ていなかっただけのことだ。
原因をすり替え、己に偽ってまで目を背けさせていた情動の罠が、自分が把握しきれなかったことが、他人に伝わるだろうか。
「ちょっとややこしくて説明し難いんで、率直に訊いても?」
「どうぞ」
「先生、男は好きですか」
「――それはまた、率直な」
感情を抑えた口調とは裏腹に、イルカの額に険しさが増す。
揶揄っているのかと剣呑な眼差しに問われて、カカシは否定した。
ようやく混乱から立ち直った脳が導いた結論を、この上もなく真面目に訊ねているのだ。
「オレと、寝ませんか」
イルカが息を呑む気配がした。
〈続〉
イルカの勤務が終わるのを待って、肩を並べ繁華街を歩いた。男二人で天候の話なぞしながら。上っ面を流れ揺蕩うくだらない会話。
お任せします、と控え目なイルカを連れて、適当に選んだ居酒屋の暖簾をくぐった。
落ち着いたつくりの店内を見回すと、客の中にはちらほらと中忍や上忍の姿もあり、壁に張り巡らされた品書きもそこそこで、背後の気配がほっと緊張を緩めるのを当然と、カカシは気取られぬほどの苦笑を浮かべる。
適当な場所を選んだ。
アカデミーから近からず遠からず、会話が妨げられることなく、中忍が気張らずにいられる程度の店を、同僚の冷やかしを受けながら事前にリサーチした時点で、馬鹿なことをしているとは思ったが。
そうまでして探り出そうという何かは、おそらく自分の負った責務には関わりのない事柄だ。それがイルカの私的な事情に由来するものなら尚更、知ろうとするのは悪趣味な覗き根性でしかない。
ただ、気障りで仕方ないのだ。
たかが各下の忍を計れないほど、自分の定規が狂ってしまったのなら、正さなければと思った。
遠慮がちに、しかし、すすめるまま杯を空けるイルカの変わらない顔色に、カカシは当初の目論みを捨てた。
「強いですねー、イルカ先生」
銚子の回転が速い。幼少時から薬物耐性をつけるのが倣いの忍に下戸は少ないが、それにしても。
カカシの酌を受けながら、イルカは照れたように鼻面の傷を掻いている。癖だろうか。よく目にする、子供じみたしぐさ。
「里にいると付き合いが増えるもので、いろいろと……」
歯切れの悪い言葉尻にさりげなく突っ込んでみれば、三代目に孫ができる以前には、頻繁に晩酌の相手をさせられていたと言う。
―――じじいめ。
子供に何を仕込んでいやがるのかと、カカシが内心で連ねた悪罵は八つ当たりだ。
酔い潰す前に、潰されるかもしれない。
もっとも、自制を失うまで酔わせたところで、暴れられたり泣き出されるのは厄介でしかない。それはそれでイルカの素顔には違いないだろうが、そこまで容易に表れるものなら、自分はとうに察していた筈だとも思う。
過信ではなく、確信。
実際、卓を挟んで向かい合うイルカはいつも通り、楽しげに子供達のことを語りながら、カカシの神経に触る微妙な空気も消えずにあった。
急くこともないかと思い直し、カカシは殊勝な素振りでイルカの話に耳を傾ける。
いつのまにか、半ば本気で聞き入っていた。
日頃子供を相手にしている所為か、イルカの説明は簡潔で分かりやすい。問えばすぐに、カカシが雑に省いた言葉を補うまでもなく、意を汲んだ詳細な答えが返ってくる。
肌が合うのだろうか、打てば響くような反応が気持ち好い。
―――気持ちいい、ていうか。
自分の生ぬるい感想に驚いて、カカシはつい、まじまじとイルカを見つめた。
まともに重なった視線の先で一瞬、黒い双眸が揺らぎ、次には静かに伏せられる。
ふと、会話が途切れているのに気づいたカカシが、口を開きかけた途端、それを制するようにイルカが言った。
「それで、オレに何の御用ですか」
別人のように平坦な声で。
「知らないことがありましたか? あったとしても、アナタには必要ないものでしょう、どれも」
そう。察しがいいのだと。
カカシが己の迂闊さを悔やむより速く、イルカは卑屈な陰など微塵もない笑顔を浮かべ、杯を伏せた。
二十五歳、独身。どこにでも転がっていそうな容貌の中忍。
目の前にいるのは、それだけの男。
どくん、と心臓の鼓動がつよくが跳ね上がる。
酔ってもいないのに目が眩むようで、カカシは眼を眇めた。
「いや……知りませんでしたよ」
嗤ったのは自分の馬鹿さ加減をだ。
「それは失礼を」
まるで信じていないように言う。
アナタがそういうひとだとは。喉元まで出かかった言葉をぬるい酒ごと呑み込み、カカシは改めてイルカを見た。
―――違うか。
〈イルカ先生〉が優秀なのは知っていた。不可解な違和感がどこから湧いてくるのかも。今までイルカに関わるのを避け、確かめずにいただけだ。確かめたくなかったから。
知らなかったのは、ひとつだけ。
はたけカカシの定規は正常。イルカ以外には。
朧げであった違和感は、むしろ強まった。
それがカカシの案じる通り、自身の不安定さを映したものなら、これからしばらくは続くような予感がする。
淡々としたイルカの気配に触れるたび、その闇色に溶ける虹彩に自分の姿を映すたびに。
何もかも、認めたくはないが。
いっそ、酔っていることにしてしまおうか。つまらないことしか思い浮かばないこの状態は、悪酔いによく似ている。
「んー、どうしたもんかな」
真剣に考えてみた。
基準を狂わせる原因を前にして、最善の策とはいかないだろうが、放っておくわけにもいかず、仕方なく。
仕方ないだろう。
今も。見覚えのない、無表情なイルカから目が離せず、思考を半分持っていかれている。
「個人的なことでしょうか」
地味で垢抜けない貌が、存外に整った造作だったとか。間近で注意深く見てみると、眦が切れ上がって白目の勝った、こわいような眼をしている、とか。
「ま、そういうことになりますか」
それでしかない。
素っ気ない話し方をする、イルカ先生ではなく、イルカ。
それは主観による区別に過ぎない。イルカ自身、その別を自覚しているのかどうかも怪しく、ただ、カカシがイルカの一面しか見ていなかっただけのことだ。
原因をすり替え、己に偽ってまで目を背けさせていた情動の罠が、自分が把握しきれなかったことが、他人に伝わるだろうか。
「ちょっとややこしくて説明し難いんで、率直に訊いても?」
「どうぞ」
「先生、男は好きですか」
「――それはまた、率直な」
感情を抑えた口調とは裏腹に、イルカの額に険しさが増す。
揶揄っているのかと剣呑な眼差しに問われて、カカシは否定した。
ようやく混乱から立ち直った脳が導いた結論を、この上もなく真面目に訊ねているのだ。
「オレと、寝ませんか」
イルカが息を呑む気配がした。
〈続〉
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