「たとえばそれは道端にひとつ青いビー玉、陽に透かし見るあなたの瞳に小さな海を描いて、宝物に変わる。」
むやみに長い題のシリアス、合同誌再録。
相変わらずカカイルの出会いから律儀に始まっています。
カカシ×イルカ(♂/♂)全6話。
+ + + + + + + + + +
「カカシ先生……」
開いたドアの向こうからイルカの貌が覗いた瞬間、カカシはドアの狭間に身を割り込ませていた。
後ろ手にドアを閉め、玄関に立っていたイルカの躰を攫って、室内に突き進む。
―――軽い。
片手に抱えた腰が、一回りも細くなっているのに歯噛みする思いで、ぎゅっと力を込める。
居間を通り抜け、寝室のベッドの上にイルカごと倒れ込むと、古いベッドのスプリングが重く軋んだ悲鳴を上げた。
イルカの胸に頭を擦り寄せ、つよく全身を押し付けて、じわじわと伝わってくる温もりを貪りながら、カカシは泣きたいような気分になる。
「すみません……カカシ先生」
イルカがそんなことを呟いて、髪を撫でたりするから、尚更。
「アンタ、酷すぎますよ」
悲しくて、恨み言しか出てこない。
久し振りに触れるイルカの体温、胸に刻まれる鼓動。
すこし肉の削げた貌も、細くなった躰も。何もかも好きで、できることなら四六時中、腕の中に抱え込んだまま離したくない。
なのに。
カカシがこんなにも大切だと感じているものを、イルカは無造作に痛めつけておきながら、心配させてもくれないのだ。
あんまりな仕打ちではないだろうか。
―――…痛い。
いっそ本当に、イルカのペットであればいいとさえ思える。
―――こんなになるまで仕事は抱え込むくせに、オレは放り出すの。
そうキャンキャン吠えて駄々を捏ね、辺り構わず噛みついて暴れられるのに。
くだらない想像に、カカシは嗤う。
オレは馬鹿だ。
イルカが丈夫なのは承知している。ちょっとやそっとで壊れるような躰ではないし、神経も相応に図太い。―――だからといって、ぞんざいに扱っていいものでもないだろう。
腹立たしく思うのは、それがイルカのもので、カカシのものではないからだ。それどころか、イルカは里のものだと思っている。
何もかも奪ってしまえたら。
不可能だと知っている。己の身すら所有できない、そういう生き方を選んだのはカカシも同じだから、願うことさえしない。
決して独占できない相手と抱き合いながら、重ねた胸の奥深くには、いずれは何ひとつ残せず消えることの痛みが、未来への悔恨がある。
自分達はそんなものだ。
それを選んだ意志だけが、唯一の個の証し。
そんなイキモノが抱える空虚を埋めることができるのは、互いに与え合う、かたちの無いものだけだ。
一時の熱や、言葉や、つよい想い。それら記憶にしか残らないものだけが、身の内に巣くう虚無を癒し、己が人であるような錯覚をくれる。
いずれ、消えてゆくとしても記憶は残せる。そして、その記憶もいつかは残された者と共に消えてゆく。別の記憶を残して―――たとえ、現実には何も残らないのだとしても、その夢はとても優しい。
分かっているだろうに。
多くの忍を戦場に送り出したイルカは、カカシより深くそれを思い、焦がれているだろうに。
いつも、与えられるのはカカシばかりだ。
カカシからは受け取ろうとしないイルカは、いつかカカシが消えた隙間を、どうやって埋めるのだろうかと。
求められずにいることは、イルカの心に永く自分が残されることはないと、許されないのだと思える。
それほどに自分の内を占めるイルカが愛おしく、だからこそ、カカシはせつなく思うのだ。
ままごとのような恋を、自ら望んだ過ちを。
―――たぶん、好き。
そんなものではないと、カカシの胸を裂く痛みが告げている。
得られないならせめて傷を残したいと。
そう思うほど子供でもなかったが、冷たい仕打ちをしてくれた恋人に、報復したいと思うくらいには幼稚だったので。
カカシはイルカの鼓動を聴きながら、じわりと殺気を立ち上らせる。
「ねぇ……何でイルカ先生は、いつも怪我するなって言うくせに、自分は無茶するんですか」
責める言葉は本音だから、つられて本気の忿りが滲み出す。
「何で、会えないなんて言ったの……」
返事はない。
「嘘ついてまで、オレに会いたくなかった?」
どくん。すこしだけ、鼓動が乱れる。それだけ。
―――そこは否定するところでしょうよ。
してくれないと。
まるで。
ぶわり、と無意識に殺気が膨れ上がった途端、カカシの側頭部に拳骨が落ちた。
「痛っ…―――っ…!」
「何してんですか、アンタは」
殴られた場所を圧え、痛みを堪えているカカシの髪を掴んで、イルカは更に頭突きをくれた。
「イルカ先生、本気でやったでしょ…っ痛…死ぬ……」
両手で頭を抱えながら、それでも、躰の下から這い出そうとするイルカを押さえ込んでいるのは、辛うじて持ちこたえた上忍の自尊心のおかげだ。
「こっちの台詞です。仮にも上忍が、家の中でっ! 人死にが出たらどうするんですか」
怒鳴るイルカの腹の上に座り込んで、カカシは低く唸る。
「仮にも?」
「つまんないことに引っ掛かってないで、降りてください。重い」
どうしようもなく丈夫なイルカが、やつれ顔で怒る。
「仮にもつまんない上忍だから、嫌です」
イルカは乗ったカカシの腰を押しのけようともがくのに飽きたのか、疲れたのか、両手をシーツの上に落とした。
「また、そーいう……子供ですか」
カカシはイルカの顔を両手で挟み、薄く汗を浮かべた額に、自分の額をこつんと落とす。
「狡いよ、イルカ先生。ごまかさないで」
鼻先を触れ合わせると、イルカの耳元に淡く朱が刷かれた。
「―――カカシ先生が側にいると心配するから。オレ、見た目ほど弱ってないですよ?」
困ったように見上げてくる深い色の眼に、白っぽい自分の影が映り込むのが嬉しくて、カカシが満足の笑みを浮かべれば、イルカの双眸は眩しげに瞬いた。
「ええ、元気そうですね。でも、心配くらいさせてくださいよ」
「変なひとですね。心配、したいんですか?」
カカシは呆れたように呟く口に、唇と言葉とを落とす。
好きなんで。
ひくり、とイルカの肩が震えた。
「心配したくなるくらい、アナタが好きなんで」
囁いて、重ねた唇の狭間に舌を滑り込ませると、イルカの舌がおずおずと応える。
口腔の粘膜を舐め上げ、唾液に滑る舌を、何度も絡めて。
ときおり濡れた唇から漏れる、熱い吐息がカカシの頬を擽って、それさえも気持ちがいい。
「ん……っ…」
喉の奥でくぐもった声を上げる、イルカの両腕が背に縋るのに、もっと深い行為を連想させられる。
身の内に沸いた熱が、ゆっくりと凝ってゆく。
これ以上はまずい、と。
喧しく喚く野暮な理性に渋々と従い、カカシはゆっくりと身を起こした。
イルカと一緒にいて、抱き締めて、キスをして―――いつまで我慢が利くか怪しいものだが、約束だから。
それぐらいでいいんですね、と言ったイルカは、それ以上のものをカカシに与えてくれている。甘えてだけはくれないが、他のものはすべてカカシがねだるままに。
だからカカシは、せめて最初の約束くらいは守ろうと決めた。
いつか、イルカがカカシを頼り甘えてくれるまで、イルカが欲しがらないものを押し付けたりしないと。
うっすらと開かれたままの唇と、半眼になった表情に後ろ髪を引かれる思いで、イルカの鼻先に口づけ、腰を浮かせた途端。
イルカの右手が腿を掴んだ。
「イルカ先生……?」
掴んだものを支えにするでなく、腹筋だけで起き上がるイルカを目の当たりにし、カカシは少なからぬ打撃を受ける。
イルカは本当に頑丈だ。頑丈にできてはいるのだろうが。
―――お願いですから、力が抜けた振りだけでもしてください。
腰を抜けとまでは言わないからと、カカシの内心の祈りは、当然、イルカに届くはずもない。
カカシの煩悶をよそに、イルカはするりとカカシの下から抜け出し、ベッドの上に正座した。
背筋を伸ばし、カカシの面に目を据えたイルカの表情に、つられてカカシも膝を改める。
真摯な一対の眼の光は、イルカが本気になったときにだけ見せるものだ。
「―――嘘です」
〈続〉
開いたドアの向こうからイルカの貌が覗いた瞬間、カカシはドアの狭間に身を割り込ませていた。
後ろ手にドアを閉め、玄関に立っていたイルカの躰を攫って、室内に突き進む。
―――軽い。
片手に抱えた腰が、一回りも細くなっているのに歯噛みする思いで、ぎゅっと力を込める。
居間を通り抜け、寝室のベッドの上にイルカごと倒れ込むと、古いベッドのスプリングが重く軋んだ悲鳴を上げた。
イルカの胸に頭を擦り寄せ、つよく全身を押し付けて、じわじわと伝わってくる温もりを貪りながら、カカシは泣きたいような気分になる。
「すみません……カカシ先生」
イルカがそんなことを呟いて、髪を撫でたりするから、尚更。
「アンタ、酷すぎますよ」
悲しくて、恨み言しか出てこない。
久し振りに触れるイルカの体温、胸に刻まれる鼓動。
すこし肉の削げた貌も、細くなった躰も。何もかも好きで、できることなら四六時中、腕の中に抱え込んだまま離したくない。
なのに。
カカシがこんなにも大切だと感じているものを、イルカは無造作に痛めつけておきながら、心配させてもくれないのだ。
あんまりな仕打ちではないだろうか。
―――…痛い。
いっそ本当に、イルカのペットであればいいとさえ思える。
―――こんなになるまで仕事は抱え込むくせに、オレは放り出すの。
そうキャンキャン吠えて駄々を捏ね、辺り構わず噛みついて暴れられるのに。
くだらない想像に、カカシは嗤う。
オレは馬鹿だ。
イルカが丈夫なのは承知している。ちょっとやそっとで壊れるような躰ではないし、神経も相応に図太い。―――だからといって、ぞんざいに扱っていいものでもないだろう。
腹立たしく思うのは、それがイルカのもので、カカシのものではないからだ。それどころか、イルカは里のものだと思っている。
何もかも奪ってしまえたら。
不可能だと知っている。己の身すら所有できない、そういう生き方を選んだのはカカシも同じだから、願うことさえしない。
決して独占できない相手と抱き合いながら、重ねた胸の奥深くには、いずれは何ひとつ残せず消えることの痛みが、未来への悔恨がある。
自分達はそんなものだ。
それを選んだ意志だけが、唯一の個の証し。
そんなイキモノが抱える空虚を埋めることができるのは、互いに与え合う、かたちの無いものだけだ。
一時の熱や、言葉や、つよい想い。それら記憶にしか残らないものだけが、身の内に巣くう虚無を癒し、己が人であるような錯覚をくれる。
いずれ、消えてゆくとしても記憶は残せる。そして、その記憶もいつかは残された者と共に消えてゆく。別の記憶を残して―――たとえ、現実には何も残らないのだとしても、その夢はとても優しい。
分かっているだろうに。
多くの忍を戦場に送り出したイルカは、カカシより深くそれを思い、焦がれているだろうに。
いつも、与えられるのはカカシばかりだ。
カカシからは受け取ろうとしないイルカは、いつかカカシが消えた隙間を、どうやって埋めるのだろうかと。
求められずにいることは、イルカの心に永く自分が残されることはないと、許されないのだと思える。
それほどに自分の内を占めるイルカが愛おしく、だからこそ、カカシはせつなく思うのだ。
ままごとのような恋を、自ら望んだ過ちを。
―――たぶん、好き。
そんなものではないと、カカシの胸を裂く痛みが告げている。
得られないならせめて傷を残したいと。
そう思うほど子供でもなかったが、冷たい仕打ちをしてくれた恋人に、報復したいと思うくらいには幼稚だったので。
カカシはイルカの鼓動を聴きながら、じわりと殺気を立ち上らせる。
「ねぇ……何でイルカ先生は、いつも怪我するなって言うくせに、自分は無茶するんですか」
責める言葉は本音だから、つられて本気の忿りが滲み出す。
「何で、会えないなんて言ったの……」
返事はない。
「嘘ついてまで、オレに会いたくなかった?」
どくん。すこしだけ、鼓動が乱れる。それだけ。
―――そこは否定するところでしょうよ。
してくれないと。
まるで。
ぶわり、と無意識に殺気が膨れ上がった途端、カカシの側頭部に拳骨が落ちた。
「痛っ…―――っ…!」
「何してんですか、アンタは」
殴られた場所を圧え、痛みを堪えているカカシの髪を掴んで、イルカは更に頭突きをくれた。
「イルカ先生、本気でやったでしょ…っ痛…死ぬ……」
両手で頭を抱えながら、それでも、躰の下から這い出そうとするイルカを押さえ込んでいるのは、辛うじて持ちこたえた上忍の自尊心のおかげだ。
「こっちの台詞です。仮にも上忍が、家の中でっ! 人死にが出たらどうするんですか」
怒鳴るイルカの腹の上に座り込んで、カカシは低く唸る。
「仮にも?」
「つまんないことに引っ掛かってないで、降りてください。重い」
どうしようもなく丈夫なイルカが、やつれ顔で怒る。
「仮にもつまんない上忍だから、嫌です」
イルカは乗ったカカシの腰を押しのけようともがくのに飽きたのか、疲れたのか、両手をシーツの上に落とした。
「また、そーいう……子供ですか」
カカシはイルカの顔を両手で挟み、薄く汗を浮かべた額に、自分の額をこつんと落とす。
「狡いよ、イルカ先生。ごまかさないで」
鼻先を触れ合わせると、イルカの耳元に淡く朱が刷かれた。
「―――カカシ先生が側にいると心配するから。オレ、見た目ほど弱ってないですよ?」
困ったように見上げてくる深い色の眼に、白っぽい自分の影が映り込むのが嬉しくて、カカシが満足の笑みを浮かべれば、イルカの双眸は眩しげに瞬いた。
「ええ、元気そうですね。でも、心配くらいさせてくださいよ」
「変なひとですね。心配、したいんですか?」
カカシは呆れたように呟く口に、唇と言葉とを落とす。
好きなんで。
ひくり、とイルカの肩が震えた。
「心配したくなるくらい、アナタが好きなんで」
囁いて、重ねた唇の狭間に舌を滑り込ませると、イルカの舌がおずおずと応える。
口腔の粘膜を舐め上げ、唾液に滑る舌を、何度も絡めて。
ときおり濡れた唇から漏れる、熱い吐息がカカシの頬を擽って、それさえも気持ちがいい。
「ん……っ…」
喉の奥でくぐもった声を上げる、イルカの両腕が背に縋るのに、もっと深い行為を連想させられる。
身の内に沸いた熱が、ゆっくりと凝ってゆく。
これ以上はまずい、と。
喧しく喚く野暮な理性に渋々と従い、カカシはゆっくりと身を起こした。
イルカと一緒にいて、抱き締めて、キスをして―――いつまで我慢が利くか怪しいものだが、約束だから。
それぐらいでいいんですね、と言ったイルカは、それ以上のものをカカシに与えてくれている。甘えてだけはくれないが、他のものはすべてカカシがねだるままに。
だからカカシは、せめて最初の約束くらいは守ろうと決めた。
いつか、イルカがカカシを頼り甘えてくれるまで、イルカが欲しがらないものを押し付けたりしないと。
うっすらと開かれたままの唇と、半眼になった表情に後ろ髪を引かれる思いで、イルカの鼻先に口づけ、腰を浮かせた途端。
イルカの右手が腿を掴んだ。
「イルカ先生……?」
掴んだものを支えにするでなく、腹筋だけで起き上がるイルカを目の当たりにし、カカシは少なからぬ打撃を受ける。
イルカは本当に頑丈だ。頑丈にできてはいるのだろうが。
―――お願いですから、力が抜けた振りだけでもしてください。
腰を抜けとまでは言わないからと、カカシの内心の祈りは、当然、イルカに届くはずもない。
カカシの煩悶をよそに、イルカはするりとカカシの下から抜け出し、ベッドの上に正座した。
背筋を伸ばし、カカシの面に目を据えたイルカの表情に、つられてカカシも膝を改める。
真摯な一対の眼の光は、イルカが本気になったときにだけ見せるものだ。
「―――嘘です」
〈続〉
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