「たとえばそれは道端にひとつ青いビー玉、陽に透かし見るあなたの瞳に小さな海を描いて、宝物に変わる。」
むやみに長い題のシリアス、合同誌再録。
相変わらずカカイルの出会いから律儀に始まっています。
カカシ×イルカ(♂/♂)全6話・完結。
+ + + + + + + + + +
削げた頬を強ばらせ、イルカは静かな声音で言葉を紡ぐ。
「すみません……カカシさん、オレはあなたに酷い嘘をついて」
―――カカシさん、だって。
耳慣れぬ敬称がよそよそしく感じられ、カカシは背筋に薄ら寒さを覚えた。イルカが何を言う気か見当もつかないが、聞きたくないと思う。
イルカの硬い表情が、何だか痛々しくて見ていられない。
「会えば、あなたは聡いから気づくだろうと。そんなことで……」
微かに怯えを含んだような声が、まったくイルカらしくなく、詰まって途切れる。
―――あぁ、駄目だ。
カカシはそっと貌を伏せ、のろのろと口を開いた。
「いいよ、嘘ぐらいついたって。オレは別に聞きたくないです」
聞きたくないのも許すのも半分は嘘だから、これで帳尻は合う、と、イルカが聞いたなら眼を剥きそうな理屈で、カカシは決着をつけた。
つらそうなイルカを見るくらいなら、大抵のことは耐えられる気がする。別れ話でもない限り。
半分の嘘だ。それをイルカから持ち出されるのが怖くて、許すと言う自分もまた偽っているのだから、イルカを責められるはずもない。
しかし。
イルカはカカシの言葉に眉根を寄せ、わずかに語気を強めた。
「そういうことじゃない。聞いてください」
頑固なイルカは譲らないだろう。
内心、舌打ちをする思いでカカシは面を上げた。
「わかりました、聞きましょう」
いつかの言葉を思い出す。
イルカが自分の話に頷いてくれたとき、カカシはとても幸せだった。
上っ面の壁を隔て、実際には通りすがりの他人も同然だった人に、自分の言葉が通じたことが。
思えば、あのときカカシは、イルカへの好意を伝えられだけで満足していたのかもしれない。それぐらいの幸せを感じていた。当然、思いが通じたときには、幸福の絶頂とすら思った。
イルカは特別なのだ。
カカシが他人に自分を、自分の抱く思いを伝えたいと、あれほど強く願ったのは、後にも先にもイルカただ一人なのだから。
そのイルカが、本気で聞けというのなら。
たとえそれが別れ話だろうと、連続強姦殺人の告白だろうと、カカシは聞くしかない。聞かない訳にはいかない。
―――畜生。何でも聞いてやるよ、クソ中忍。
肚を括り、カカシは膝に置いた拳に力を込めた。
上忍と中忍がベッドの上、膝を突き合わせて睨み合う。
イルカの唇がゆっくりと開かれるのを見ながら、カカシは口づけたいと思い、そんなことを考えている自分がおかしくて、すこし嗤った。
「オレは、ずっと、あなたが好きでした」
何の冗談だろうと思った。
カカシは固まったまま、イルカを見て。
見つめて続けて。
歯を食いしばりながら頬を染めるイルカという、大変に珍しいものを確認した。
「そう……だったんですか」
間の抜けた返事の後に、停止していた思考が巡りだす。
―――好き、だった。過去形。昔は好きだった。今も好き、かもしれない。
重要なのはそこではないと、ようやくカカシの思考が追いついて。
「―――ずっと?」
「はい。オレは自覚があったんで、あなたよりは先だと」
赤面しながらぼそぼそと言われたのは、厭味だろうか。
カカシは呆然と、目の前にいる連続強姦殺人犯を眺める。むしろ、そう言われた方が衝撃は少なかったかもしれない。
「だったら何で。それぐらいで、なんて」
「たぶん、ってのも、たいがいだと思いますが」
上目使いで睨まれ、カカシは言葉に窮する。
それを出されると弱い。
でも、そんなことはどうでもいいか、と。カカシは嬉しさに眼を細める。思い人に好きだったと言われて、不満なぞある道理がない。
イルカは姿勢よく背筋を伸ばしたまま、頭だけを垂れて、男らしい貌を片手で覆っている。
赤くなるほど照れているイルカ。
滅多に見られるものではないから、じっくり鑑賞していたいのは山々だが、この際、気掛かりな疑問は解消しておくべきだろうと、カカシはイルカの瞳を覗き込む。
「それがイルカ先生の嘘ですか。オレ、言われなきゃ分からなかったと思うんですが」
言えば、鋭い眼差しが返る。
「好きだから、我慢してたんです」
「はあ……――何を?」
イルカが深々と頭を下げる。
黒い尻尾がひょこりと揺れるのを見、我に返ったカカシは慌てた。
イルカに土下座されるほどのことをされた覚えはない。勿論、そんなことはこれからされる気もない。
「やめてくださいよ、イルカ先生」
「もう限界ですから。―――お願いします」
「お願いしますって、アンタ……」
不意に気づいて、伸べられたカカシの手が止まる。
自分の考えは間違いではないかと、無駄に思考を巡らせること、しばし。それでも、完全には否定しきれなて、カカシは恐る恐るそれを口にする。
「もしかしてそれ……――最終手段、ですか」
イルカは答える代わりに貌を上げ、硬い指先でカカシの唇に触れる。
真顔で。
「やらせてください」
瞳の中の切実な色が、カカシにはよく分かった。
イルカの言うことも。
イルカが自分と同じ欲求を持っていてくれたことが、とても嬉しい。カカシもずっとイルカの肌に触れたかった。
イルカに強請られ、求められたいと願っていたのも、本心からだ。
縋るように自分を見つめている、イルカの望みならなんだって叶えてやりたいと思う。
カカシは自分の唇をなぞる指を捕らえ、舐めあげた。びくりと震えるイルカの躰に身を寄せて、耳元に囁く。
「どっち?」
どうしても譲れないことはあるのだ。
「どっちでもいいです、もう」
カカシの肩に顔を埋め、イルカが答えた。
欲に掠れた声で。
それならよかった、と、言えば髪を掴まれ引き寄せられて、シーツの上に倒れ込んだイルカの上に乗り上げる。
「その……大丈夫ですか?」
心配そうに訊くイルカに、カカシが笑って返事をしなかったのは、すぐに分かると思ったからだ。
痩せて薄くなってしまった胸に口づけると、イルカは小さく身じろぎをした。
胸だけではなく、引き締まった腹も、腕も脚も、カカシの触れてゆくところ全てにイルカは反応し、びくびくと身を震わせる。
それに戸惑ってか、視線を宙に泳がせては、不安げにカカシを見上げてくる。
そのたびにカカシは、背筋を走り抜けてゆく感覚に、ちょっとした感動を覚えた。
今まで、それなりにこなしてきた、行為の数々にはなかったことで、それはやはり、イルカを特別に思うが故ではないかという気がする。
だから言ってみた。
「ね、顔見てるだけで、イケそーな感じがするんだけど」
馬鹿者、と。
叱る声が掠れ、途切れながらシーツの上に零れてゆく。
繋げた躰を揺さぶりながら、縋り付いてくるイルカの二の腕に口づけを落とす。
肉厚な唇から漏れる、意味をなさない言葉の切れ端が耳に心地よく、不意に兆した思いつきに、カカシは笑みを浮かべた。
気持ちのいい言葉。
だが、カカシが言葉を失ったとしても、たぶん、イルカにだけは思いを伝えられる。
イルカと、カカシの中の気持ちのいい言葉は、同じものなのだ。
たぶん。
愛だとか幸せだとか、そんなもの。
〈終〉
2003/11/17〜2003/12/01
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「すみません……カカシさん、オレはあなたに酷い嘘をついて」
―――カカシさん、だって。
耳慣れぬ敬称がよそよそしく感じられ、カカシは背筋に薄ら寒さを覚えた。イルカが何を言う気か見当もつかないが、聞きたくないと思う。
イルカの硬い表情が、何だか痛々しくて見ていられない。
「会えば、あなたは聡いから気づくだろうと。そんなことで……」
微かに怯えを含んだような声が、まったくイルカらしくなく、詰まって途切れる。
―――あぁ、駄目だ。
カカシはそっと貌を伏せ、のろのろと口を開いた。
「いいよ、嘘ぐらいついたって。オレは別に聞きたくないです」
聞きたくないのも許すのも半分は嘘だから、これで帳尻は合う、と、イルカが聞いたなら眼を剥きそうな理屈で、カカシは決着をつけた。
つらそうなイルカを見るくらいなら、大抵のことは耐えられる気がする。別れ話でもない限り。
半分の嘘だ。それをイルカから持ち出されるのが怖くて、許すと言う自分もまた偽っているのだから、イルカを責められるはずもない。
しかし。
イルカはカカシの言葉に眉根を寄せ、わずかに語気を強めた。
「そういうことじゃない。聞いてください」
頑固なイルカは譲らないだろう。
内心、舌打ちをする思いでカカシは面を上げた。
「わかりました、聞きましょう」
いつかの言葉を思い出す。
イルカが自分の話に頷いてくれたとき、カカシはとても幸せだった。
上っ面の壁を隔て、実際には通りすがりの他人も同然だった人に、自分の言葉が通じたことが。
思えば、あのときカカシは、イルカへの好意を伝えられだけで満足していたのかもしれない。それぐらいの幸せを感じていた。当然、思いが通じたときには、幸福の絶頂とすら思った。
イルカは特別なのだ。
カカシが他人に自分を、自分の抱く思いを伝えたいと、あれほど強く願ったのは、後にも先にもイルカただ一人なのだから。
そのイルカが、本気で聞けというのなら。
たとえそれが別れ話だろうと、連続強姦殺人の告白だろうと、カカシは聞くしかない。聞かない訳にはいかない。
―――畜生。何でも聞いてやるよ、クソ中忍。
肚を括り、カカシは膝に置いた拳に力を込めた。
上忍と中忍がベッドの上、膝を突き合わせて睨み合う。
イルカの唇がゆっくりと開かれるのを見ながら、カカシは口づけたいと思い、そんなことを考えている自分がおかしくて、すこし嗤った。
「オレは、ずっと、あなたが好きでした」
何の冗談だろうと思った。
カカシは固まったまま、イルカを見て。
見つめて続けて。
歯を食いしばりながら頬を染めるイルカという、大変に珍しいものを確認した。
「そう……だったんですか」
間の抜けた返事の後に、停止していた思考が巡りだす。
―――好き、だった。過去形。昔は好きだった。今も好き、かもしれない。
重要なのはそこではないと、ようやくカカシの思考が追いついて。
「―――ずっと?」
「はい。オレは自覚があったんで、あなたよりは先だと」
赤面しながらぼそぼそと言われたのは、厭味だろうか。
カカシは呆然と、目の前にいる連続強姦殺人犯を眺める。むしろ、そう言われた方が衝撃は少なかったかもしれない。
「だったら何で。それぐらいで、なんて」
「たぶん、ってのも、たいがいだと思いますが」
上目使いで睨まれ、カカシは言葉に窮する。
それを出されると弱い。
でも、そんなことはどうでもいいか、と。カカシは嬉しさに眼を細める。思い人に好きだったと言われて、不満なぞある道理がない。
イルカは姿勢よく背筋を伸ばしたまま、頭だけを垂れて、男らしい貌を片手で覆っている。
赤くなるほど照れているイルカ。
滅多に見られるものではないから、じっくり鑑賞していたいのは山々だが、この際、気掛かりな疑問は解消しておくべきだろうと、カカシはイルカの瞳を覗き込む。
「それがイルカ先生の嘘ですか。オレ、言われなきゃ分からなかったと思うんですが」
言えば、鋭い眼差しが返る。
「好きだから、我慢してたんです」
「はあ……――何を?」
イルカが深々と頭を下げる。
黒い尻尾がひょこりと揺れるのを見、我に返ったカカシは慌てた。
イルカに土下座されるほどのことをされた覚えはない。勿論、そんなことはこれからされる気もない。
「やめてくださいよ、イルカ先生」
「もう限界ですから。―――お願いします」
「お願いしますって、アンタ……」
不意に気づいて、伸べられたカカシの手が止まる。
自分の考えは間違いではないかと、無駄に思考を巡らせること、しばし。それでも、完全には否定しきれなて、カカシは恐る恐るそれを口にする。
「もしかしてそれ……――最終手段、ですか」
イルカは答える代わりに貌を上げ、硬い指先でカカシの唇に触れる。
真顔で。
「やらせてください」
瞳の中の切実な色が、カカシにはよく分かった。
イルカの言うことも。
イルカが自分と同じ欲求を持っていてくれたことが、とても嬉しい。カカシもずっとイルカの肌に触れたかった。
イルカに強請られ、求められたいと願っていたのも、本心からだ。
縋るように自分を見つめている、イルカの望みならなんだって叶えてやりたいと思う。
カカシは自分の唇をなぞる指を捕らえ、舐めあげた。びくりと震えるイルカの躰に身を寄せて、耳元に囁く。
「どっち?」
どうしても譲れないことはあるのだ。
「どっちでもいいです、もう」
カカシの肩に顔を埋め、イルカが答えた。
欲に掠れた声で。
それならよかった、と、言えば髪を掴まれ引き寄せられて、シーツの上に倒れ込んだイルカの上に乗り上げる。
「その……大丈夫ですか?」
心配そうに訊くイルカに、カカシが笑って返事をしなかったのは、すぐに分かると思ったからだ。
痩せて薄くなってしまった胸に口づけると、イルカは小さく身じろぎをした。
胸だけではなく、引き締まった腹も、腕も脚も、カカシの触れてゆくところ全てにイルカは反応し、びくびくと身を震わせる。
それに戸惑ってか、視線を宙に泳がせては、不安げにカカシを見上げてくる。
そのたびにカカシは、背筋を走り抜けてゆく感覚に、ちょっとした感動を覚えた。
今まで、それなりにこなしてきた、行為の数々にはなかったことで、それはやはり、イルカを特別に思うが故ではないかという気がする。
だから言ってみた。
「ね、顔見てるだけで、イケそーな感じがするんだけど」
馬鹿者、と。
叱る声が掠れ、途切れながらシーツの上に零れてゆく。
繋げた躰を揺さぶりながら、縋り付いてくるイルカの二の腕に口づけを落とす。
肉厚な唇から漏れる、意味をなさない言葉の切れ端が耳に心地よく、不意に兆した思いつきに、カカシは笑みを浮かべた。
気持ちのいい言葉。
だが、カカシが言葉を失ったとしても、たぶん、イルカにだけは思いを伝えられる。
イルカと、カカシの中の気持ちのいい言葉は、同じものなのだ。
たぶん。
愛だとか幸せだとか、そんなもの。
〈終〉
2003/11/17〜2003/12/01
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