+ + + + + + + + + +
両足の間で揺れる、括られた黒髪。
吸いつき啜り上げる濡れた音が響く。
それなりにツボを心得た舌は気持ちよかったが、性急に追い立てるような技巧が小賢しく、かえって気を削がれる。
カカシは苦笑を浮かべ、股間で蠢く尻尾を引いた。
わずかに仰向いたイルカの後頭部を掴み引き寄せれば、深く呑み込みながら不快そうに顰められた顔が見える。
むしろ、そのほうが悦い。
煮物の匂いが漂う皓々と明るい居間で、ソファの前に跪き男を咥えているアカデミーの教師。
そうさせている自分。
どこにどう欲情したものか悩むほどには真面じゃないから、これはイカガワシイ状態なのだと己を云いくるめ、奮い立たせるのは何の為だったか。
「……嫌?」
しばしば気まぐれに訊ねる言葉へ、明確な答えがあったためしはない。いつも冷ややかな一瞥を返されるだけだ。
もっとも、今は答えたくても答えられないだろうが。
促すまでもなくイルカは咥えたものの根元を掻く手を速め、膨れ上がった先端を喉の奥へ迎え入れる。
「ん……っ」
苦しげに狭められた喉の粘膜に締めつけられ、眉根を寄せたイルカの表情を追って、昇りつめた。
中途半端な嗜虐心を生々しい欲にこじつけ、半ば意志の力で達するたびに、行為の意味は薄れてゆく。
窄められた唇から引き出されてゆくうちに熱を失ったものの先を、離れ際につよく吸われて、息をつめた。
反射的に見下ろした瞬間、黒い双眸に挑むような光が過る。
仕方なく、カカシは嗤った。
「ご苦労さま」
意地悪く言葉を選べば、イルカの表情に険が走る。
瞬きひとつで消え失せる儚い殺気が嬉しい。
自然に弛む口元へ、いきなり投げつけられたティッシュの箱を片手で受けとめると、イルカは小さな舌打ちをした。チャクラ不足の気怠さを押して頑張った躰への、御褒美のようなそれは耳に心地よく響く。
不意に込み上げてきた衝動のまま伸べた手が、ほつれた束ね髪に触れる寸前、イルカは身を引き立ち上がった。
避けたと見えないように繕われた身のこなしは流石に中忍、さりげない拒否が当てつけであるとしても、なかなかに見事なものであったので、カカシは絡むのをやめた。
あてをなくした手でティッシュペーパーを引きだし、後始末をしながら、洗面所に姿を消したイルカの気配を窺う。
念入りな手洗いと嗽は彼の習慣、飲み込んだものを吐かれなかっただけマシだろう。
何もなかったような顔をして台所に向かうイルカに、かける言葉も思いつかず、視界の端に転がっていた煙草を咥えた。
―――しばらく留守にするから、来なくてもいいよ。
イルカに任務を仄めかすのは、明後日でいい。
それまでは夜毎に訪れる彼を眺め、触れていられる。
咥え煙草の先から細く歪んだ螺旋を描いて立ちのぼり、曖昧に薄れゆく紫煙をぼんやりと追う、カカシの眼差しもまた曖昧に揺らいでいる。
* * *
長い旅だった。
異国を巡り、情報を駆り集める長期任務。
ときに敵対する里の中枢に忍び、或いは市井にひそみ、真偽も怪しい情報を頼りに謎めいた足跡を追うのは、任務というより流浪の旅とカカシには感じられた。
ようやく自里を狙う陰謀に見当をつけ、だが、ようとして知れぬ敵の実態を掴もうと奔走している最中、三代目火影に呼び戻された。
「潮時じゃの。暗部を引くか」
いきなりだった。
カカシが丸二日費やした分厚い報告書を、火影の執務机に乗せた途端だ。
「はあ……そういう話になっていたんですか」
寝耳に水の引退話に戸惑い、カカシはまじまじと小柄な老人を見つめた。
「お前のような者が長くおるところでもあるまい。だが、どうしても続けたいと云うなら止めやせん」
「いえ、ま、どっちでも」
率直なところを答えたのだが、老人はそう受け取らなかったようで、笠の下からじろりと睨まれた。
「はっきりせんか。どっちなんじゃ」
それはこっちの台詞でしょうに。カカシは云わず、肩をすくめて彼方を見る。
初めて面を手にした日から何年経ったのか。
神無毘橋で一度失い、より痛烈な哀しみとともに植えられた左眼の記憶を永らえるべく、少年のひたむきさで任務の完遂率を上げていった。
多くの月日を数えるまもなく暗部への転属を申し渡され、それを受けたのもまた青臭い矜持。
若気の至りで暗部入隊など己ぐらいだと、仲間に呆れられ後悔したわけでもないが、同じ過ちを繰り返さぬよう、せいぜい頭をつかって働いた挙句の部隊長拝命。
以来、自身の向上を目指して励むのはやめた。
火影にのみ従い刃を振るうのが暗部の本懐、もっともらしい題目もあったので。
―――あれか。
先年、任務に関する私議を問われて、横着に慣れた題目を唱えた。三代目の前で。
馬鹿者が、と、溜め息混じりに呟いた老人の、梅干しを渋で煮しめたような貌を覚えている。
カカシに暗部への未練はなかったが、辞めて他に何をしたいという希望もない。仲間とのしがらみには執着するくせに、そこから離れた個、自分だけが自由にできる部分には、さして興味を持てないのだ。
そんな生きざまこそが三代目が憂える原因だと、悟れないほど都合よく鈍くもなかった。
「それじゃ、辞めておきますか」
「三代目火影の名において、認めよう。長きにわたりよく務めてくれたの……ときに、カカシよ」
三代目はカカシを労った舌の根も乾かぬうちに、引退する暗部隊長への最後の任務と、下忍監督の命を下した。
鬼か、と。
カカシが内心で毒づいたのも仕方あるまい。
折悪しく持ち回りの中忍試験の巡り合わせ、水面下で緊張の高まる里の事情は察していたが、それにしてもだ。
こんなこともあろうかと、躰を休めながら帰還した己の先見にささやかな慰めを見出しながら、カカシは地下施設で請け出した暗部面の埃を払った。
これで最後。
友に贈られた眼を生かす為に欠いた、狗の左眼。
表面の塗りを荒らす無数の傷と同じほどの、薄暗い任務に関わった人々。そのすべて思い出せはしないが、辛いことばかりでもなかった。たぶん。
そういえば、あの男はどうしているのだろうか。
先に例を見ないまでに完璧だった邪道の術は、ことの次第を知った三代目に解術され、禁術として封印された。
激昂した老人の説教に辟易し、連れ帰った男の様子を訊きそびれたきり、すっかり忘れていたけれど。
何といったか、彼の名は。
〈続〉
(2004/03/07〜2004/03/08・2005/8/3改稿)
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吸いつき啜り上げる濡れた音が響く。
それなりにツボを心得た舌は気持ちよかったが、性急に追い立てるような技巧が小賢しく、かえって気を削がれる。
カカシは苦笑を浮かべ、股間で蠢く尻尾を引いた。
わずかに仰向いたイルカの後頭部を掴み引き寄せれば、深く呑み込みながら不快そうに顰められた顔が見える。
むしろ、そのほうが悦い。
煮物の匂いが漂う皓々と明るい居間で、ソファの前に跪き男を咥えているアカデミーの教師。
そうさせている自分。
どこにどう欲情したものか悩むほどには真面じゃないから、これはイカガワシイ状態なのだと己を云いくるめ、奮い立たせるのは何の為だったか。
「……嫌?」
しばしば気まぐれに訊ねる言葉へ、明確な答えがあったためしはない。いつも冷ややかな一瞥を返されるだけだ。
もっとも、今は答えたくても答えられないだろうが。
促すまでもなくイルカは咥えたものの根元を掻く手を速め、膨れ上がった先端を喉の奥へ迎え入れる。
「ん……っ」
苦しげに狭められた喉の粘膜に締めつけられ、眉根を寄せたイルカの表情を追って、昇りつめた。
中途半端な嗜虐心を生々しい欲にこじつけ、半ば意志の力で達するたびに、行為の意味は薄れてゆく。
窄められた唇から引き出されてゆくうちに熱を失ったものの先を、離れ際につよく吸われて、息をつめた。
反射的に見下ろした瞬間、黒い双眸に挑むような光が過る。
仕方なく、カカシは嗤った。
「ご苦労さま」
意地悪く言葉を選べば、イルカの表情に険が走る。
瞬きひとつで消え失せる儚い殺気が嬉しい。
自然に弛む口元へ、いきなり投げつけられたティッシュの箱を片手で受けとめると、イルカは小さな舌打ちをした。チャクラ不足の気怠さを押して頑張った躰への、御褒美のようなそれは耳に心地よく響く。
不意に込み上げてきた衝動のまま伸べた手が、ほつれた束ね髪に触れる寸前、イルカは身を引き立ち上がった。
避けたと見えないように繕われた身のこなしは流石に中忍、さりげない拒否が当てつけであるとしても、なかなかに見事なものであったので、カカシは絡むのをやめた。
あてをなくした手でティッシュペーパーを引きだし、後始末をしながら、洗面所に姿を消したイルカの気配を窺う。
念入りな手洗いと嗽は彼の習慣、飲み込んだものを吐かれなかっただけマシだろう。
何もなかったような顔をして台所に向かうイルカに、かける言葉も思いつかず、視界の端に転がっていた煙草を咥えた。
―――しばらく留守にするから、来なくてもいいよ。
イルカに任務を仄めかすのは、明後日でいい。
それまでは夜毎に訪れる彼を眺め、触れていられる。
咥え煙草の先から細く歪んだ螺旋を描いて立ちのぼり、曖昧に薄れゆく紫煙をぼんやりと追う、カカシの眼差しもまた曖昧に揺らいでいる。
* * *
長い旅だった。
異国を巡り、情報を駆り集める長期任務。
ときに敵対する里の中枢に忍び、或いは市井にひそみ、真偽も怪しい情報を頼りに謎めいた足跡を追うのは、任務というより流浪の旅とカカシには感じられた。
ようやく自里を狙う陰謀に見当をつけ、だが、ようとして知れぬ敵の実態を掴もうと奔走している最中、三代目火影に呼び戻された。
「潮時じゃの。暗部を引くか」
いきなりだった。
カカシが丸二日費やした分厚い報告書を、火影の執務机に乗せた途端だ。
「はあ……そういう話になっていたんですか」
寝耳に水の引退話に戸惑い、カカシはまじまじと小柄な老人を見つめた。
「お前のような者が長くおるところでもあるまい。だが、どうしても続けたいと云うなら止めやせん」
「いえ、ま、どっちでも」
率直なところを答えたのだが、老人はそう受け取らなかったようで、笠の下からじろりと睨まれた。
「はっきりせんか。どっちなんじゃ」
それはこっちの台詞でしょうに。カカシは云わず、肩をすくめて彼方を見る。
初めて面を手にした日から何年経ったのか。
神無毘橋で一度失い、より痛烈な哀しみとともに植えられた左眼の記憶を永らえるべく、少年のひたむきさで任務の完遂率を上げていった。
多くの月日を数えるまもなく暗部への転属を申し渡され、それを受けたのもまた青臭い矜持。
若気の至りで暗部入隊など己ぐらいだと、仲間に呆れられ後悔したわけでもないが、同じ過ちを繰り返さぬよう、せいぜい頭をつかって働いた挙句の部隊長拝命。
以来、自身の向上を目指して励むのはやめた。
火影にのみ従い刃を振るうのが暗部の本懐、もっともらしい題目もあったので。
―――あれか。
先年、任務に関する私議を問われて、横着に慣れた題目を唱えた。三代目の前で。
馬鹿者が、と、溜め息混じりに呟いた老人の、梅干しを渋で煮しめたような貌を覚えている。
カカシに暗部への未練はなかったが、辞めて他に何をしたいという希望もない。仲間とのしがらみには執着するくせに、そこから離れた個、自分だけが自由にできる部分には、さして興味を持てないのだ。
そんな生きざまこそが三代目が憂える原因だと、悟れないほど都合よく鈍くもなかった。
「それじゃ、辞めておきますか」
「三代目火影の名において、認めよう。長きにわたりよく務めてくれたの……ときに、カカシよ」
三代目はカカシを労った舌の根も乾かぬうちに、引退する暗部隊長への最後の任務と、下忍監督の命を下した。
鬼か、と。
カカシが内心で毒づいたのも仕方あるまい。
折悪しく持ち回りの中忍試験の巡り合わせ、水面下で緊張の高まる里の事情は察していたが、それにしてもだ。
こんなこともあろうかと、躰を休めながら帰還した己の先見にささやかな慰めを見出しながら、カカシは地下施設で請け出した暗部面の埃を払った。
これで最後。
友に贈られた眼を生かす為に欠いた、狗の左眼。
表面の塗りを荒らす無数の傷と同じほどの、薄暗い任務に関わった人々。そのすべて思い出せはしないが、辛いことばかりでもなかった。たぶん。
そういえば、あの男はどうしているのだろうか。
先に例を見ないまでに完璧だった邪道の術は、ことの次第を知った三代目に解術され、禁術として封印された。
激昂した老人の説教に辟易し、連れ帰った男の様子を訊きそびれたきり、すっかり忘れていたけれど。
何といったか、彼の名は。
〈続〉
(2004/03/07〜2004/03/08・2005/8/3改稿)
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