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慣れない同士で向かい合い、少しずつ互いの癖や考え方を覗かせてゆく、知り合う過程がもどかしいような、そういう相手とは肌が合う。
カカシにとってイルカは、馴染みやすく面白い酒の相手だった。つきあうイルカも満更ではないようで、二人で呑みに行くのは週に一度、二度と、次第に回数を増した。
穏やかに杯を重ね、カカシは猫科の獣さながらの足取りで、イルカに近づいてゆく。
そうしながら、波の国へ行った。
彼の国で、九尾のチャクラが漏れ出るところに居合わせ、しかし、同時にカカシが人柱力の意志を認めたことで、危機の予感は遠のいた。
切迫していないというだけだ。
九尾の封印が外れかけている事実は変わらない。
封印を弛ませる鍵のひとつが、イルカであろうことも。
相も変わらず、危険を抱え込むようにして庇うイルカの振る舞いに、カカシは苛立った。
育ち盛りの部下達は、急速に素質を伸ばしつつある。
その成長の場が任務の中である以上、イルカの目に触れないのは仕方がない。
だが、本当に気がついていないのか。
先々の要ともなる事柄から目を背け、見ないふりをしているだけではないか。
「ナルトとアナタとは違う!」
―――そりゃ違うでしょうよ。
笑い出したいような衝動を堪えたカカシは、自分の貌が面に覆われていると感じた。もう着けることもないはずの面は、未だここに在る。
―――わかっているくせに。
カカシが九尾の人柱力なら、この里にとっては、懐に秘める最強の武器となったろう。
火影がそれを許すかどうかはさておき、いずれ木ノ葉は否応なく、九尾の力を振りかざす羽目になった筈だ。
心を殺した者が器となるなら、軍事力としての人柱力の脅威は増すばかりだ。然ればこそ、優しく心力強くあった四代目は己が血と里を信じ、生まれ落ちたばかりの嬰児に九尾を託したのではないか。
あの子の躰には、火の意志が流れている。
受け継がれた英雄の血に背くことなく、必ずや苛酷な運命を耐え抜き、忍の里に新たな道を切り拓くだろう。
何故、その意志を育んだ者が、それを信じてやれない。
ただ痛ましさに耐え切れず傷口を舐め、同情で馴れ合っただけかと、カカシの胸は凍てつき、濁った霜に覆われてゆく。
優しさであの子を裏切るな。
上っ面でも構わない。巣立った生徒が懐かしむ、虚像の通りに生きて死ぬがいい。それが里の犠牲になるということだ。
温情を掲げて吼えかかるイルカへ、カカシは本心のままに冷たい視線を返していた。
苛立ちがつのる。
―――何のつもりでいるのか、知りたいのはこっちだよ。
いつまで空とぼける気だ。ナルトはアンタのものじゃない。アンタだってナルトのものじゃない。
絶対に。
それは譲れないところだった。
いつまでもしぶとく熱気を孕む夜気を厭い、カカシは高所にひとり佇んでいた。
眼下に広がる里の夜景は、星空の生臭い写しだ。
賑やかな通り沿いに寄り集まり、また遠く離れて点々と輝く灯火の間、ねっとりとした暗闇にも人間の気配が淀んでいる。
穏やかな輝きの元に集う非力で気の善い人々を思えば、殺伐とした任務の名残も洗い流される気がしたものだが、いざ里に暮らしてみれば、その灯火はずいぶんと遠かった。
そこに在り続けるために在り、薄い硝子越しに守られる光は何よりも美しく、鬱陶しい。
カカシの背後で小さな風が渦巻いた。
屋根瓦の上を音も立てずに歩み寄る、控えめな気配に触れるのは久し振りだったが、ためらいがちに名を呼ばれても、カカシは振り返らなかった。
カカシ先生。違う。自分はそんなものじゃない。
陽光に曝される今も昔も、無情な仮面の下には、寸分違わぬ獣の相があるのみ。
そんなことはお互い承知のはずだったから、敢えて口に出さなかっただけだ。
振り返らないカカシの背中へ、頭を下げているのか、イルカの声は低い位置で聞こえた。
「すみませんでした。あんな場で、差し出がましいことを」
「いーえー。気にしちゃいませんよ」
そんなこと。九尾の檻を支える柱にくらべれば、上忍の面子など安いものだ。それはカカシの勘定。
階級が一緒だからといって、皆が同じ秤を持っているとは限らない。それもまた事実である証拠に、カカシは足下に闇に溶け込んだ忠義な獣へ合図を送る。
その白い面を見せるだけで、イルカを追ってきたいくつかの眼と耳は引き上げるだろう。正味を読めない矮小な秤を抱えた者達でも、上忍と称されるだけの分別があれば。
そんなカカシの仕業にも、イルカは気づかない。
イルカが守ろうとするものは正しい。
だが、ひとりきり流れに逆らう中忍の姿は、悪意の向けられる先を誤らせる。
―――甘やかしすぎでしょ。
九尾の人柱力に連なる者を憎む有象無象など、今となっては、ありふれた毒のようなものだ。
イルカは、身をもって理を通す危険を理解しながら、それが正論故に庇おうとする力が、同様の危険に曝されることを黙殺する。
仮にもアカデミーの教官が、忍の守るべき象徴を盾とする愚かさを、それと悟れないほど盲いているなら、人柱力は遅効性の猛毒に等しい。
周到な老人が九尾の監視を命じながら暗に含んだのは、見極めるべきものに対する情と、自分への枷なのだと、カカシもまた、イルカと知り合うまで気づかなかった。
背を丸めポケットに両手を突っ込んだまま、宵闇の一点を見つめるカカシに、イルカはひたむきな気配を投げかけてくる。見なくても、その真剣で少しせつないような表情は、ありありとカカシの瞼に浮かんだ。
それほど親しくあった時間と距離が、イルカの真っすぐな気性を好ましく思わせ、カカシは監視任務をうしろめたく感じることさえあった。
イルカの素直な心根を偽る、頑固さが腹立たしいとも。
「カカシ先生の云う通りかもしれません、私はずっと」
―――云うな。
云えば、茶番も終わる。終わらせてしまう。
「ずっと、ナルトには変わらずにいて欲しいと。いっそ、あの子達を送り出す代わりに、自分が……」
「それは無理」
イルカの思いつめた声音を切り捨て、カカシは振り返った。
「わかっています、自分の役目は」
きっと面を上げるイルカに一歩、歩み寄って。
「そう。―――本当に?」
「そんなことは、ずっと」
険しい表情によぎった微かな躊躇を見逃さず、カカシはイルカの貌に手を伸ばした。
強ばった頬に指先が触れても、イルカが逃げようとしないのを確かめ、更に一歩。
「オレは、ここにいるよ」
イルカは拳を握り締め、ひどく苦いものでも呑んだような貌をした。
「っ……忘れてはいません。約束、ですから」
そんなことは、知っていた。
カカシがたびたび会話に織り込んだ言葉を、わざと拾い上げてみせるイルカの強気と甘さが、鋭い棘のように神経をささくれ立たせる。
「でも、あれは」
イルカが口ごもり呑みこむ言い訳を、強いて聞きたいとは思わなかった。カカシには意味のないことだ。
あれは、三代目に禁じられた枷。
むしろ容易く砕ける枷などなければ、すべての記憶ごと封じられていたならば。
カカシが一度だけ里に背いた罪は、初めて任務の外に覚えた執着だった。
ふたたび禁を破った今ここで、それを反芻するのかと。
皮肉な思いを振り捨てるように、カカシはイルカの頬に触れていた指先を滑らせ、項を掴んで引き寄せた。
「これ、今は誰のもの?」
間近に貌を寄せて、忿りを滲ませる黒眸を覗きこめば、そこには望まれぬ過去の幻が映りこんでいる。
嗤っていた。
〈続〉
(2004/03/07〜2005/08/01・2005/8/3改稿)
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カカシにとってイルカは、馴染みやすく面白い酒の相手だった。つきあうイルカも満更ではないようで、二人で呑みに行くのは週に一度、二度と、次第に回数を増した。
穏やかに杯を重ね、カカシは猫科の獣さながらの足取りで、イルカに近づいてゆく。
そうしながら、波の国へ行った。
彼の国で、九尾のチャクラが漏れ出るところに居合わせ、しかし、同時にカカシが人柱力の意志を認めたことで、危機の予感は遠のいた。
切迫していないというだけだ。
九尾の封印が外れかけている事実は変わらない。
封印を弛ませる鍵のひとつが、イルカであろうことも。
相も変わらず、危険を抱え込むようにして庇うイルカの振る舞いに、カカシは苛立った。
育ち盛りの部下達は、急速に素質を伸ばしつつある。
その成長の場が任務の中である以上、イルカの目に触れないのは仕方がない。
だが、本当に気がついていないのか。
先々の要ともなる事柄から目を背け、見ないふりをしているだけではないか。
「ナルトとアナタとは違う!」
―――そりゃ違うでしょうよ。
笑い出したいような衝動を堪えたカカシは、自分の貌が面に覆われていると感じた。もう着けることもないはずの面は、未だここに在る。
―――わかっているくせに。
カカシが九尾の人柱力なら、この里にとっては、懐に秘める最強の武器となったろう。
火影がそれを許すかどうかはさておき、いずれ木ノ葉は否応なく、九尾の力を振りかざす羽目になった筈だ。
心を殺した者が器となるなら、軍事力としての人柱力の脅威は増すばかりだ。然ればこそ、優しく心力強くあった四代目は己が血と里を信じ、生まれ落ちたばかりの嬰児に九尾を託したのではないか。
あの子の躰には、火の意志が流れている。
受け継がれた英雄の血に背くことなく、必ずや苛酷な運命を耐え抜き、忍の里に新たな道を切り拓くだろう。
何故、その意志を育んだ者が、それを信じてやれない。
ただ痛ましさに耐え切れず傷口を舐め、同情で馴れ合っただけかと、カカシの胸は凍てつき、濁った霜に覆われてゆく。
優しさであの子を裏切るな。
上っ面でも構わない。巣立った生徒が懐かしむ、虚像の通りに生きて死ぬがいい。それが里の犠牲になるということだ。
温情を掲げて吼えかかるイルカへ、カカシは本心のままに冷たい視線を返していた。
苛立ちがつのる。
―――何のつもりでいるのか、知りたいのはこっちだよ。
いつまで空とぼける気だ。ナルトはアンタのものじゃない。アンタだってナルトのものじゃない。
絶対に。
それは譲れないところだった。
いつまでもしぶとく熱気を孕む夜気を厭い、カカシは高所にひとり佇んでいた。
眼下に広がる里の夜景は、星空の生臭い写しだ。
賑やかな通り沿いに寄り集まり、また遠く離れて点々と輝く灯火の間、ねっとりとした暗闇にも人間の気配が淀んでいる。
穏やかな輝きの元に集う非力で気の善い人々を思えば、殺伐とした任務の名残も洗い流される気がしたものだが、いざ里に暮らしてみれば、その灯火はずいぶんと遠かった。
そこに在り続けるために在り、薄い硝子越しに守られる光は何よりも美しく、鬱陶しい。
カカシの背後で小さな風が渦巻いた。
屋根瓦の上を音も立てずに歩み寄る、控えめな気配に触れるのは久し振りだったが、ためらいがちに名を呼ばれても、カカシは振り返らなかった。
カカシ先生。違う。自分はそんなものじゃない。
陽光に曝される今も昔も、無情な仮面の下には、寸分違わぬ獣の相があるのみ。
そんなことはお互い承知のはずだったから、敢えて口に出さなかっただけだ。
振り返らないカカシの背中へ、頭を下げているのか、イルカの声は低い位置で聞こえた。
「すみませんでした。あんな場で、差し出がましいことを」
「いーえー。気にしちゃいませんよ」
そんなこと。九尾の檻を支える柱にくらべれば、上忍の面子など安いものだ。それはカカシの勘定。
階級が一緒だからといって、皆が同じ秤を持っているとは限らない。それもまた事実である証拠に、カカシは足下に闇に溶け込んだ忠義な獣へ合図を送る。
その白い面を見せるだけで、イルカを追ってきたいくつかの眼と耳は引き上げるだろう。正味を読めない矮小な秤を抱えた者達でも、上忍と称されるだけの分別があれば。
そんなカカシの仕業にも、イルカは気づかない。
イルカが守ろうとするものは正しい。
だが、ひとりきり流れに逆らう中忍の姿は、悪意の向けられる先を誤らせる。
―――甘やかしすぎでしょ。
九尾の人柱力に連なる者を憎む有象無象など、今となっては、ありふれた毒のようなものだ。
イルカは、身をもって理を通す危険を理解しながら、それが正論故に庇おうとする力が、同様の危険に曝されることを黙殺する。
仮にもアカデミーの教官が、忍の守るべき象徴を盾とする愚かさを、それと悟れないほど盲いているなら、人柱力は遅効性の猛毒に等しい。
周到な老人が九尾の監視を命じながら暗に含んだのは、見極めるべきものに対する情と、自分への枷なのだと、カカシもまた、イルカと知り合うまで気づかなかった。
背を丸めポケットに両手を突っ込んだまま、宵闇の一点を見つめるカカシに、イルカはひたむきな気配を投げかけてくる。見なくても、その真剣で少しせつないような表情は、ありありとカカシの瞼に浮かんだ。
それほど親しくあった時間と距離が、イルカの真っすぐな気性を好ましく思わせ、カカシは監視任務をうしろめたく感じることさえあった。
イルカの素直な心根を偽る、頑固さが腹立たしいとも。
「カカシ先生の云う通りかもしれません、私はずっと」
―――云うな。
云えば、茶番も終わる。終わらせてしまう。
「ずっと、ナルトには変わらずにいて欲しいと。いっそ、あの子達を送り出す代わりに、自分が……」
「それは無理」
イルカの思いつめた声音を切り捨て、カカシは振り返った。
「わかっています、自分の役目は」
きっと面を上げるイルカに一歩、歩み寄って。
「そう。―――本当に?」
「そんなことは、ずっと」
険しい表情によぎった微かな躊躇を見逃さず、カカシはイルカの貌に手を伸ばした。
強ばった頬に指先が触れても、イルカが逃げようとしないのを確かめ、更に一歩。
「オレは、ここにいるよ」
イルカは拳を握り締め、ひどく苦いものでも呑んだような貌をした。
「っ……忘れてはいません。約束、ですから」
そんなことは、知っていた。
カカシがたびたび会話に織り込んだ言葉を、わざと拾い上げてみせるイルカの強気と甘さが、鋭い棘のように神経をささくれ立たせる。
「でも、あれは」
イルカが口ごもり呑みこむ言い訳を、強いて聞きたいとは思わなかった。カカシには意味のないことだ。
あれは、三代目に禁じられた枷。
むしろ容易く砕ける枷などなければ、すべての記憶ごと封じられていたならば。
カカシが一度だけ里に背いた罪は、初めて任務の外に覚えた執着だった。
ふたたび禁を破った今ここで、それを反芻するのかと。
皮肉な思いを振り捨てるように、カカシはイルカの頬に触れていた指先を滑らせ、項を掴んで引き寄せた。
「これ、今は誰のもの?」
間近に貌を寄せて、忿りを滲ませる黒眸を覗きこめば、そこには望まれぬ過去の幻が映りこんでいる。
嗤っていた。
〈続〉
(2004/03/07〜2005/08/01・2005/8/3改稿)
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