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二次創作小説・主にカカイル
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Kakashi×Iruka(♂/♂)
やや大人向け。


+ + + + + + + + + +
鼠ほどの気配もないそれは、夜更けに訪れる。
訪れ、瞬きをする間に去ってゆく。
それが、いつから通って来るようになったのかは判らない。
寝室の窓に面したベランダに降り立ち、誰何の間もなく消える、幻のような人の気配。
忍であるイルカの知覚をもってしても、よくよく注意しなければ見過ごしてしまうような隠身と、去り行く方角すら追えない移動速度は明らかに各上の技量で、おそらくは体術に優れた上忍のものだ。
本来ならば、並の中忍ごときには、その存在を察することも出来ないだろう。
しかし、イルカは気づいてしまった。
名も知れぬ来訪者がいつかの夜に、ほんの一瞬だけ露にした気の色を、確かに知っていると。
たとえるなら凍月の、怜悧な銀。
今夜は生身にまとった気を潜めることなく、窓辺に丈高い影を落とす男の、髪の色。
―――何のつもりだ。
咥え煙草のフィルターを噛み潰し、イルカはベッドに背を凭せ、両脚を床に放り出した姿勢のまま、頭を巡らせた。
ベランダに立つ人影へ、何げなさを装って声をかける。
「こんばんは、カカシ先生」
こんばんは、と挨拶を返してよこす暢気な声音に、苛立ちを覚えた。上忍に監視されるような覚えはない。
私事で知人の家に忍ぶ非礼を繰り返しておきながら、今更、それを知らせるような真似をする、カカシの意図がまるで読めない。
「俺に何か……」
窓枠に手をかけ室内を見下ろすカカシと、硝子越しに視線を合わせ、イルカは少しばかり驚いた。
カカシはベストもホルダーも取り去った軽装に、左目を覆う額当てを着けただけの姿で、常には隠された素顔を無造作に曝している。
引き締まった輪郭の内に絶妙に配置された、すっきりとした鼻梁と、薄く形の良い唇。眠たげな瞼さえ、どこか艶いて見える。普段の胡散臭いカカシからは想像もつかない、秀麗な顔立ちだった。
ぼんやりとカカシに見入っていたイルカの、咥えた煙草の先から灰が落ちる。それを無意識に掌で受けながら、はたと我に返った。
「何か御用ですか」
敢えて堅い調子で問うのも、カカシは意に介さぬふうで、のんびりと項など掻いている。
「用というか、ま、夜這いなんですが」
「はぁ?」
「入ってもいいですか?」
綺麗な唇から馬鹿げた言葉を吐いて、にっこりと笑ってみせる、これは何だ。
寝呆けているのは自分か、カカシなのか。そんなことを考えながらも頷いて。
「……どうぞ」
少なくとも自分は寝呆けているに違いないと、イルカは思った。
イルカの正面に腰を下ろしたカカシの、物珍しそうな眼差しは室内を一巡りし、再びイルカの面に据えられた。
「で、御用は」
往生際悪く言ってみるが、カカシは顔の前でひらひらと片手を振って、
「いや、ホントに夜這いですから」
お気になさらず、と不必要に真面目な顔で答える。
それなら座布団を出してやることもないかと、妙にずれたことを考えている自分に呆れながら、イルカは新しい煙草に火を着けた。
馴れたライターのオイルの匂いが、遠くなりつつある平凡な中忍の日常を引き戻し、いくらか落ち着いた気分になる。
「煙草、喫うんですか」
意外そうなカカシの表情ももっともで、つよい匂いの染みつくようなものは忍が避けるべきものだし、自分が模範的な忍のごとき生活を送っていると余人に誤解されがちなのも、イルカにはよくわかっている。
わかってはいるが、大きなお世話だ。
他人の寝室を覗いて悪びれず、あまつさえ図々しく深夜に押しかけて来るような男に、素行を咎められる謂れはない。
イルカは、木で鼻を括ったような返事を紫煙に紛らわせた。
「教師の貌は玄関先まで、と決めているんです」
ははぁなるほど、などとカカシはさも納得したふうで頷く。
「じゃあ、ここにいるあなたは誰です」
考えようによっては深遠な問いだが、そんな含みを疑うには気軽過ぎる調子で、カカシが言った。
―――ヤバい。
うなじをちりちりと灼く、不穏な予感。
近づくなと勘が知らせる、それは罠を察知したときの感覚にも似ていて、だから、イルカは習性のように逃げ道を探った。
「見ての通り、ありふれた二十五歳の男、さしたる芸もない中忍ですが」
「ご謙遜を」
「いいえ、自分の分は弁えているつもりです。俺の素の顔なんざ、人様の興味を引くようなモンじゃありません」
「予防線?」
揶揄うような口調を裏切って、刹那に変じたカカシの眼の色をとらえ、イルカはそっと溜め息を漏らした。
目前の男の本気を察して。
カカシが望んでいるのは一夜の戯れではないと、分かってしまった。
面倒なことをと思う。
ささやかながらも年頃に相応しくあった、イルカの健やかな恋愛経験に、男の恋人などというキワモノは含まれない。
同性との性的交渉もあるにはあったが、それは戦場で互いを慰め合うくらいのもので、情よりは欲の勝った処理行為でしかなかった。
そういうことなら、構わないのだ。
―――いっそ、寝ようと言ってくれ。
内心で吐き捨てたのは、自棄でも強がりでもなく。
任務報告のついでに誘いをかけてくる者達のように、前線の生臭さをまとったまま欲に追われて、或いは興味本位でカカシに求められたのなら、受け入れたかも知れない。
三代目の懐刀ともいわれる、名うての上忍。
イルカとて噂に聞く不敗の忍に憧れたものだし、元生徒達を束ねる上司として優れ、何より、分を越えた中忍の暴言など水に流した様子で気さくに接してくるカカシに、肌を合わせてもいいと思える程度の好意と興味はあった。
だが、肉体的な馴れ合いを越え、同性との色恋沙汰となると、イルカの許容範囲ではあっても理解の外であり、敢えて踏み出そうという気は起きない。
そもそも、格上の男に対する中途半端な好意を、どう捻くったところで愛情には転じ難いと、醒めた分別が断じていた。
忍として教師として、今まで道を外れずに来たのだ。
いきなり道端の草むらに引き込まれたくはない。
―――いい歳をした男が、その気もない男相手に惚れたはれたもないでしょうよ。
面は笑みにつくりながらも、イルカの唇からは皮肉な心中そのままの言葉が滑り出る。
「不調法な中忍の努力を、汲んではもらえませんかね」
「暗部上がりの無粋者なので」
即座に返されるのに苛立った。
「そういうものですか、暗部は」
厭味な口ぶりがこたえたふうもなく、カカシはわざとらしく肩を竦め、耳触りの良い声音を紡ぐ。
「イルカ先生も聞いたことあるでしょう―――暗部三無し、名無し貌無し、人でなし」
同業者でありながら得体の知れない集団を、本音半分やっかみ半分で謗る語呂合わせは、里の忍の間ではありふれた冗談口だ。
「ええ、まあ……本歌取りで?」
訳も分からないまま思いつきを問うと、意外そうに眼を細められた。
「ご明察。元は暗部三律六戒、無名無貌に無心と書いて、マヨイナシと読みます」
ふと無意識に口の中で繰り返した、ただ六文字の重さを悟って、イルカは眼差しを伏せる。
ずいぶんと惨いものだ。
忍たるもの情に惑わされず、後に名も実も残さずにあれとは、イルカが幼い頃に学び、今は教え子に説き聞かせている、理想と自戒を導く訓に過ぎない。
掟であるという暗部心得の語るものは、違う。
名も貌も、迷う心も、暗部には初めから無いものなのだ。
里に命を捧げる意志すら許されず、人にあるべきものを捨てた幽鬼のようにありながら、火影に従い里に尽くせと。
―――ヒトデナシ。
戯れ唄は真実を突いている。
非情とも感じられる心得を空言めかし、淡々と語る声の主が、常には片鱗も見せぬ過去の姿を思わずにはいられない。
木ノ葉暗殺戦術特殊部隊の名は広く知られていたが、その周到に秘された実情など部外者には察するべくもなく、火影の側近くあったイルカにすら、暗部面をつけた忍の任務が明かされたことはなかった。
その略称の示す通り、彼等は木ノ葉の闇に属する。
人知れず、誰よりも里に貢献していたはずの忍の影は、あまりにも昏く、遠く。
「……厳しいですね」
眉宇を曇らせ漏らした呟きに、カカシの笑う気配がした。
「ま、所詮はお題目ですから。そんなもん唱えるのは、誰かに乗っかってる時ぐらいでしょ」
その不遜な言い草に驚き、つい隻眼を覗きこめば、水底の色の深さに目が眩むようで。
―――こんなものと、真面に付き合えるものか。
「それでも、覚えるだけは唱えたんですか」
「一応は。ま、俺は現役じゃないので、あなたに迷ってますが」 余計な一言を吐いて、喉の奥で笑っている。
雲が流れたのか、窓から射し込む月光が白々と、カカシの端正な貌を照らし出した。
―――こんな男の。
こんなにも色々なものを裡にひそめながら、子供のような笑顔を見せる厄介な男を、抱き寄せる誰か。
イルカは難しい顔つきで小首を傾げ、想像もつかない幻の人物に、記憶にある限りの女性の姿を重ねてみる。
「イイ女、だったんでしょうね」
「は?」
「誰か」
不意に訪れた沈黙を訝しむイルカの視線の先で、カカシは奇妙な表情が浮かべていた。
呆れたような困ったような、それはまったくカカシらしくない表情だったが、それでいて損なわれることのない美貌に、イルカは場違いな感動を覚え、そうした己をとり繕うように言葉を連ねる。
「カカシ先生はもてそうだから、そう思ったんですが。俺、何かまずいこと訊きましたか?」
「いいえ。でも、突っ込みどころが違うでしょ」
意味がわからず、はあ、と気の抜けた相槌を打てば、今度ははっきりとカカシの顔に疑わしげな色があらわれた。いつもは顔面の大半が隠されている為に、イルカには知りようもなかったのだが、カカシは案外に表情が豊からしい。
「俺がなにしに来たか、分かってますか」
「え。っと……夜這い?」
「です。本当に意味分かってるんですか、あなた」
「知ってますが分かりたくありません。カカシ先生もたいがい悪趣味ですよね」
「とんでもない。俺はあなたに引き寄せられて来ただけです」
臆面もなく言ってのけるカカシに、思いきり顔を顰めた。
―――俺は誘蛾灯か。マタタビなのか。
安手の色男ぶった口ぶりが疳に障って、咄嗟に上の者に対する礼儀も忘れる。
「寝言は寝て言え」
「じゃ、一緒に」
「嫌です」
皆まで言わせず切り捨てると、カカシは楽しげな笑い声を立てた。
「ねえ、今夜はおとなしく帰りますから、ひとつだけ教えて下さいよ」
反射的に身構えたイルカに、身を乗り出したカカシが囁く。
「どこまでが天然?」
間近に迫った白貌を殴ってやりたいと、拳を固めたイルカの本気を察したか、カカシはするりと身を引き立ち上がる。
その流れるような一動作は、腐っても上忍。
否、各下に無体を強いるほど腐ってはいないようだが、だからどうした。イルカ口元は見事なへの字を描く。
だが、カカシは極めて愛想よく、思わず赤面してしまいそうなほど甘い声で。
「それじゃ、また」
聞き捨てならない言葉を告げた。
「また?」
「ええ」
建て付けの悪い窓を音もなく開け、次の瞬間にはベランダに立っていた猫背を睨みながら、イルカは低く唸った。
―――……間違えた。
わざわざ噛ませて下さいと言うのに、騙された。いくら躾が良く見えたところで、悪い犬には違いないものを、部屋に入れたのは迂闊に過ぎる。
ましてや、じゃれついてくるのへ相手をしてやるなどと、自ら懐かせてしまったも同然だ。それが相手の狙いだったとしても、今更、ちょっと興味があったからでは済まされまい。
少しばかり風変わりな毛並みが気になっただけなのに。
自分はよくよく奇縁に恵まれているのだろうと、体裁よく思い直したところで、喜ばしいはずもなく。
ただ、現世は侭ならず、望まぬ因縁はささやかな油断も隙もかいくぐると知る。
イルカの裡に芽生え始めた諦念と、かすかな期待と。
そんなものが滲まないよう、邪険な声音を投げつける。
「どうぞ、次は玄関から」
中天に月。
深い群青の夜空を細く削ぎ取ったような三日月は、振り向いた男の笑みに似ていた。


〈了〉



2003/01/13〜2003/05/18
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