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三代目の一存で、カカシの禁術使用は不問に付された。
と、内々ではそういうことになっている。
実際、術は契約の巻物ごと取り上げられたが、秀でた暗部の能力劣化を懸念され、カカシの記憶が消去されることはなかった。
精神に影響を及ぼさないよう、ごく穏やかな記憶操作によって、カカシがイルカに接した過去の一切を、不要な情報という分類に書き換えられただけだ。
うみのイルカの名は、常に三代目火影の傍らにあった。九尾の手綱、優秀なアカデミーの教官。そんな男の命を救ったとはいえ、博打同然の成功率を知りながら禁術を施した咎。
それら抹消されるべき記憶が残っている事実を、カカシが日々の天候ほどにも気にかけなかった不自然さは、イルカと再会した途端にはっきり形を成し、同時に疑問と答えを導いた。
―――あんまりだろう、それは。
かつてカカシの才を惜しんだように、里は人柱力に対するイルカの影響力を惜しみ、三代目は九尾への憎悪をイルカにまで転じる人々の愚行を憂えた。また、老人の私情に限っては、孫を慈しむようにイルカの身を案じたのかもしれないが。
九尾の封印の監視と保護。
その役目がカカシに与えられたとは、因果なことだ。
里の利を慮って断ち切られた繋がりを、勝手に結び直した上に、任務として守れという。
カカシの内でぴたりと組み上がった構図は、薄ら寒さに苦笑するしかないような代物だった。
イルカを招き入れたカカシの部屋のように。
過去の一件にかかわる誰もが、事の次第を察しながら素知らぬふうを装うのが業腹で、カカシは禁じられた過去の枷を自ら外した。
任務に背くつもりはないが、道化じみた暗部の素顔をイルカに曝すぐらいは構わないだろうと、八つ当たり気味に。
既に効力を持たない契約を盾に、なかったことにされた過去を突きつけたなら、イルカはどうするのだろうかと、それは興味本位であったかもしれないが、カカシが知りたかったことの答えでもある。
―――ほんの一時でも。
無事に病院で目覚めたとき、生き延びるために交わした仮の契約とはいえ、カカシの支配を受けたことを悔やみはしなかったのかと。
―――違う。
後悔するはずだ、普通は。
三代目の裁量を待ちながら、イルカはさぞ困惑し悩んだことだろう。
忘れたいと思ったのか。
―――オレを。
イルカの真意を知りたかっただけだ。
執着すら忘れるほど、持ち主にまで蔑ろに扱われ続けて僻んだ心が、底意地の悪い言葉を吐かせたけれど、本気で責めたのではなかった。
が。
おそらくは、過去の一件に敷かれた箝口令に縛られたまま立ちつくす、痛々しい姿を見かねて身を翻したカカシを、イルカは追ってきた。
どういうつもりなのか、イルカがカカシの部屋の前までついてきた理由に思い至らなかったので、閉め出すわけにもいかなかったのだが。
何となく、いつものように酒を挟んでイルカと差し向かい、だが、無言のまま顔を突き合わせている。
―――どうしたもんかな。
半分ほど残っていた酒を一息に空け、テーブルに置いたグラスが硬い音を立てた。
びくりと身じろぐイルカを見、そういうのもアリかと思う。
カカシは唐突に立ち上がり、その動きを追うイルカの視線を捉えた。
「帰らないなら、オレが貰うよ」
小さく息を呑むイルカを居間に置いて、カカシはさっさと寝室に入った。ベストとアンダーを脱ぎ捨て、そのままベッドに潜りこむ。
大人気なく当たってしまったが、イルカに詫びようという気までは起きない。加害者であった自分が、いつのまにか被害者よりも情けない状態で躍らされていた姿を見ていたのだから、それで満足して帰ってくれと願う。
―――嘘でしょ。
ドアが軋み、足音のない気配が歩み寄ってくるのに、カカシはこめかみを引きつらせた。
ベッドの側に立ちつくす影。
寝返りをうちながら、一向に去ろうとしないイルカの腕を引いて、胸の下に抱きこむ。
開け放したままのドアから射し込む明かりが、思い詰めた貌に濃い陰影を刻み、酒気に潤んだ黒眸に白く反射する。
「あのね、餓鬼じゃないんだから」
ちゃんと意味を理解しているのかと、一応、訊いてみた。
こくり、とイルカの喉が上下する。
「約束、を」
溜め息のような一言に呆れ、面倒臭くなって、まだ何か云おうとする唇を塞いだ。
「っ……ん」
押し殺された吐息が、湿りを帯びた空気を震わせる。
素裸に剥いて、大きく開かせたイルカの両脚の間で、カカシは戸惑っていた。
何故こんなことになっているのか、まるで納得できない理性とは裏腹に、カカシは右手の中のイルカ同様、硬く熱を凝らせている。
躰を貰うと云った契約は、勿論こんな意味ではなく。
他の男に対するのと同じく、イルカを閨の対象になど考えたこともないのに、その素肌に触れてみると、ひどく昂ぶった。
「ん、ぁ……くぅ、ッ」
食いしばられた皓い歯の間から、こぼれ落ちる喘ぎにすら。
「ん。ここ嫌、イルカ先生」
「イっ……ぁあ、あ……」
片手でイルカの熱を煽りながら、もう一方の手で丁寧に解していたところへ深く指を差し込んでやると、イルカの腰がびくびくと震えた。
「嫌じゃない、ね」
羞恥を含んでカカシを睨む、うっすらと上気した眦も、張りつめた肉も俗な手管に容易く潤んで、ちいさな滴を溢れさせている。
その様を眺めているだけで、ずくずくと欲が滾った。
シーツを掻き回す足首を掴んで、思いきり開かせたイルカの腰を抱え込み、潤滑剤でどろどろに溶けた狭間に凝った熱を押し込めば、イルカは低く呻いてカカシの背に爪を立てる。
「―――くッ、う……ん、んっ」
カカシが締めつける肉を擦りあげ、揺さぶるたびに、だんだんと蠢きだす淫蕩な腰に、どこまでも呑み込まれてゆく感覚に誘われて。
「カカ、ぁ、…………んっ……!」
カカシの頸にしがみつくようにしてイルカが達したのと同時に、引き出す間もなくぶち撒けていた。
イルカを抱いた。
今や意味を見出せない契約に沿って、そういうかたちで彼を支配し服従させた。
躰だけを。
過去の契約によるカカシの支配力はとうに失われていたが、イルカの内では誓いとして生きているらしく、夜毎にカカシの部屋を訪れる間だけは、どんな要求をも諾々と受け入れる。
表面だけを繕ったものであろうと、確かに心地よかった二人の酒席と引き換えられた、従順な肌。
物云いたげな眼差しを伏せ、無体な仕打ちにさえ甘んじるイルカ。
そんな姿を望んでイルカに近づいたのではないと、一度ならず契約破棄を口にしかけたカカシであったが、長く失っていたものにふたたび触れ得る誘惑は抗い難く、ずるずると歪な夜を続けていた。
たまに。
この不自然な関係をイルカも満更でもなく思っているのではないかと、カカシは手前勝手な願望に囚われることがある。
以前、云えば簡単に脚を開くようになっても、イルカは鍵のかかっていないドアの前でカカシの帰宅を待っていた。
その妙な生真面目さに呆れたカカシが、引き出しの奥で埃を被っていた鍵と財布を渡してからは、部屋の中で二人分の夕食を作っている。
だからといって甘い雰囲気があるわけでもなく、一緒に食べて、寝て。それだけだ。
それでも、カカシが柄にもなく夢見がちな思いに逃避するのは、たとえば、苛酷な任務でぼろぼろになって帰宅した夜半、室内に温かい煮物の匂いが立ち込めていて、カカシの脱いだ服を片付けたりするイルカの、無表情な貌が痛いからだ。
愛されないなら嫌われたほうがいいと、自意識過剰とも思える昔の女の言葉を思い出す。
―――そっか。そういうことか。
身に染みこむ実感として、わかった。
それで。
「ね、舐めて」
たいがい術なく直裁的なやり方で、不安を拭おうとする。
「今は、疲れてるでしょう」
イルカが信じられないというように眉根を寄せ、首を横に振るのに安心した。
「……後で」
「いま。して」
疲れ切った躰をソファに投げ出し、指先で招けば、イルカの眉間の皺がより深くなる。
そのほうがいい。
つまらない因縁に縛られたまま、互いに逃れられず逃してやれず、どうすることも出来ないなら。
〈続〉
(2004/03/07〜2005/8/4)
と、内々ではそういうことになっている。
実際、術は契約の巻物ごと取り上げられたが、秀でた暗部の能力劣化を懸念され、カカシの記憶が消去されることはなかった。
精神に影響を及ぼさないよう、ごく穏やかな記憶操作によって、カカシがイルカに接した過去の一切を、不要な情報という分類に書き換えられただけだ。
うみのイルカの名は、常に三代目火影の傍らにあった。九尾の手綱、優秀なアカデミーの教官。そんな男の命を救ったとはいえ、博打同然の成功率を知りながら禁術を施した咎。
それら抹消されるべき記憶が残っている事実を、カカシが日々の天候ほどにも気にかけなかった不自然さは、イルカと再会した途端にはっきり形を成し、同時に疑問と答えを導いた。
―――あんまりだろう、それは。
かつてカカシの才を惜しんだように、里は人柱力に対するイルカの影響力を惜しみ、三代目は九尾への憎悪をイルカにまで転じる人々の愚行を憂えた。また、老人の私情に限っては、孫を慈しむようにイルカの身を案じたのかもしれないが。
九尾の封印の監視と保護。
その役目がカカシに与えられたとは、因果なことだ。
里の利を慮って断ち切られた繋がりを、勝手に結び直した上に、任務として守れという。
カカシの内でぴたりと組み上がった構図は、薄ら寒さに苦笑するしかないような代物だった。
イルカを招き入れたカカシの部屋のように。
過去の一件にかかわる誰もが、事の次第を察しながら素知らぬふうを装うのが業腹で、カカシは禁じられた過去の枷を自ら外した。
任務に背くつもりはないが、道化じみた暗部の素顔をイルカに曝すぐらいは構わないだろうと、八つ当たり気味に。
既に効力を持たない契約を盾に、なかったことにされた過去を突きつけたなら、イルカはどうするのだろうかと、それは興味本位であったかもしれないが、カカシが知りたかったことの答えでもある。
―――ほんの一時でも。
無事に病院で目覚めたとき、生き延びるために交わした仮の契約とはいえ、カカシの支配を受けたことを悔やみはしなかったのかと。
―――違う。
後悔するはずだ、普通は。
三代目の裁量を待ちながら、イルカはさぞ困惑し悩んだことだろう。
忘れたいと思ったのか。
―――オレを。
イルカの真意を知りたかっただけだ。
執着すら忘れるほど、持ち主にまで蔑ろに扱われ続けて僻んだ心が、底意地の悪い言葉を吐かせたけれど、本気で責めたのではなかった。
が。
おそらくは、過去の一件に敷かれた箝口令に縛られたまま立ちつくす、痛々しい姿を見かねて身を翻したカカシを、イルカは追ってきた。
どういうつもりなのか、イルカがカカシの部屋の前までついてきた理由に思い至らなかったので、閉め出すわけにもいかなかったのだが。
何となく、いつものように酒を挟んでイルカと差し向かい、だが、無言のまま顔を突き合わせている。
―――どうしたもんかな。
半分ほど残っていた酒を一息に空け、テーブルに置いたグラスが硬い音を立てた。
びくりと身じろぐイルカを見、そういうのもアリかと思う。
カカシは唐突に立ち上がり、その動きを追うイルカの視線を捉えた。
「帰らないなら、オレが貰うよ」
小さく息を呑むイルカを居間に置いて、カカシはさっさと寝室に入った。ベストとアンダーを脱ぎ捨て、そのままベッドに潜りこむ。
大人気なく当たってしまったが、イルカに詫びようという気までは起きない。加害者であった自分が、いつのまにか被害者よりも情けない状態で躍らされていた姿を見ていたのだから、それで満足して帰ってくれと願う。
―――嘘でしょ。
ドアが軋み、足音のない気配が歩み寄ってくるのに、カカシはこめかみを引きつらせた。
ベッドの側に立ちつくす影。
寝返りをうちながら、一向に去ろうとしないイルカの腕を引いて、胸の下に抱きこむ。
開け放したままのドアから射し込む明かりが、思い詰めた貌に濃い陰影を刻み、酒気に潤んだ黒眸に白く反射する。
「あのね、餓鬼じゃないんだから」
ちゃんと意味を理解しているのかと、一応、訊いてみた。
こくり、とイルカの喉が上下する。
「約束、を」
溜め息のような一言に呆れ、面倒臭くなって、まだ何か云おうとする唇を塞いだ。
「っ……ん」
押し殺された吐息が、湿りを帯びた空気を震わせる。
素裸に剥いて、大きく開かせたイルカの両脚の間で、カカシは戸惑っていた。
何故こんなことになっているのか、まるで納得できない理性とは裏腹に、カカシは右手の中のイルカ同様、硬く熱を凝らせている。
躰を貰うと云った契約は、勿論こんな意味ではなく。
他の男に対するのと同じく、イルカを閨の対象になど考えたこともないのに、その素肌に触れてみると、ひどく昂ぶった。
「ん、ぁ……くぅ、ッ」
食いしばられた皓い歯の間から、こぼれ落ちる喘ぎにすら。
「ん。ここ嫌、イルカ先生」
「イっ……ぁあ、あ……」
片手でイルカの熱を煽りながら、もう一方の手で丁寧に解していたところへ深く指を差し込んでやると、イルカの腰がびくびくと震えた。
「嫌じゃない、ね」
羞恥を含んでカカシを睨む、うっすらと上気した眦も、張りつめた肉も俗な手管に容易く潤んで、ちいさな滴を溢れさせている。
その様を眺めているだけで、ずくずくと欲が滾った。
シーツを掻き回す足首を掴んで、思いきり開かせたイルカの腰を抱え込み、潤滑剤でどろどろに溶けた狭間に凝った熱を押し込めば、イルカは低く呻いてカカシの背に爪を立てる。
「―――くッ、う……ん、んっ」
カカシが締めつける肉を擦りあげ、揺さぶるたびに、だんだんと蠢きだす淫蕩な腰に、どこまでも呑み込まれてゆく感覚に誘われて。
「カカ、ぁ、…………んっ……!」
カカシの頸にしがみつくようにしてイルカが達したのと同時に、引き出す間もなくぶち撒けていた。
イルカを抱いた。
今や意味を見出せない契約に沿って、そういうかたちで彼を支配し服従させた。
躰だけを。
過去の契約によるカカシの支配力はとうに失われていたが、イルカの内では誓いとして生きているらしく、夜毎にカカシの部屋を訪れる間だけは、どんな要求をも諾々と受け入れる。
表面だけを繕ったものであろうと、確かに心地よかった二人の酒席と引き換えられた、従順な肌。
物云いたげな眼差しを伏せ、無体な仕打ちにさえ甘んじるイルカ。
そんな姿を望んでイルカに近づいたのではないと、一度ならず契約破棄を口にしかけたカカシであったが、長く失っていたものにふたたび触れ得る誘惑は抗い難く、ずるずると歪な夜を続けていた。
たまに。
この不自然な関係をイルカも満更でもなく思っているのではないかと、カカシは手前勝手な願望に囚われることがある。
以前、云えば簡単に脚を開くようになっても、イルカは鍵のかかっていないドアの前でカカシの帰宅を待っていた。
その妙な生真面目さに呆れたカカシが、引き出しの奥で埃を被っていた鍵と財布を渡してからは、部屋の中で二人分の夕食を作っている。
だからといって甘い雰囲気があるわけでもなく、一緒に食べて、寝て。それだけだ。
それでも、カカシが柄にもなく夢見がちな思いに逃避するのは、たとえば、苛酷な任務でぼろぼろになって帰宅した夜半、室内に温かい煮物の匂いが立ち込めていて、カカシの脱いだ服を片付けたりするイルカの、無表情な貌が痛いからだ。
愛されないなら嫌われたほうがいいと、自意識過剰とも思える昔の女の言葉を思い出す。
―――そっか。そういうことか。
身に染みこむ実感として、わかった。
それで。
「ね、舐めて」
たいがい術なく直裁的なやり方で、不安を拭おうとする。
「今は、疲れてるでしょう」
イルカが信じられないというように眉根を寄せ、首を横に振るのに安心した。
「……後で」
「いま。して」
疲れ切った躰をソファに投げ出し、指先で招けば、イルカの眉間の皺がより深くなる。
そのほうがいい。
つまらない因縁に縛られたまま、互いに逃れられず逃してやれず、どうすることも出来ないなら。
〈続〉
(2004/03/07〜2005/8/4)
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