+ + + + + + + + + +
窓に映った月下の影は、心細げに震えていた。
待ち焦がれた気配が、殺気の名残と濃い血臭をまといながら、ひっそり立ち去ろうとするのに我慢がならず、刺々しい言葉を吐いていた。
「何をしてるんですか」
里一番の上忍が、そんな有り様で何をしているのか。
どこもかしこも戦場の汚れにまみれ、迷い子のような貌をして、それでも俺に笑ってみせる男が憎らしいように思えた。
―――あんたを待っていたのに。
遅れた帰還に不安をつのらせ、陽が落ちるたび昏く長い夜を持て余した、俺の思いを置き去りにするのかと、女々しい感情が膨れ上がる。
引き込んだカカシに邪険な言葉を投げつけながら、自分勝手な悲しみが溢れてきて、泣き出しそうになるのを堪えるのが精一杯だった。
呆れるほど饒舌に語り、笑うカカシを見ているのが辛くて、頭ごなしに叱りつけた。
俺を気遣う必要などないのに、いつも自分のことは差し置いて、俺の気持ちばかりを優先する男。
思慮深く情の強いひとは、人間を人間として見ることしか出来ず、他の誰より任務に忠実で、だから、いつも隠された貌は痛みに耐えていた。
死人の業まで引き受ける強欲な優しさが、そんなにもカカシを傷つけるのなら、俺には要らない。同じ痛みを刻まれる方がずっとマシなのだと、伝えられずにいる自分の不器用さが恨めしい。
どうしたらいいんだろう。
どうしたら、慰めてやれるんだ。
この手の中には、彼に勝るものなど何ひとつないというのに。
「俺は、あなたを困らせてますかね」
当たり前だろう。
こんなに物欲しげな、手持ち無沙汰にしている両腕を放っておくなんて、どういう料簡なんだかさっぱり分からない。
しょんぼりと落ちた肩を、抱き締めてやりたい。抱き合って、それで慰められるというのなら、決して拒んだりしないと知って欲しいのに。
「そうですね」
素直じゃないのはお互いさまだ。
俺が子供みたいに汚れないだなんて、牽制のつもりなのか。
好きだとか愛してるとか、耳触りのいい餌を目眩がするほど投げよこすくせに、触れてこようとはしない。その気がないなら、気まぐれに口づけたりしないで欲しい。
側にいられるだけで幸せで、身を寄せられると嬉しくて。
期待しちまうじゃないか。
そういう意味では、俺にはキヨラカさのかけらもないと自負している。
「少なくとも、次から過激なネタはつかえません」
冗談めかして言ったのは本音だから。
「きっと、あなたの言ったことを思い出しますよ。それで、こんなにやらしーこと考えてる俺って……って罪悪感でいっぱいに」
カカシの身も心も、もっと深く知りたい。
繋がって互いの欲を引きずり出して、何もかも曝した姿で抱き合いたいと、浅ましい想像に走るほど求めている自分が情けなくて仕方がないのに、それでも欲しいと思ってしまう。
「どうしてくれるんです」
こんなに俺を惚れさせて。
風に撓う柳のように飄々として強靭な。
〈写輪眼〉やら、木ノ葉一の技師とやら、何かと剣呑な渾名で呼ばれる忍がしおらしく、伏し目がちに泣き言を漏らす。
自分の強さに脅かされているなんて、あまりにも悲しいじゃないか。
「……中に何が隠れているか分かりませんよ」
人目を偽る素の姿が恐ろしくはないかと、暗に問う声音は微かに震え、まるで睦言のように甘く響く。
俺には真意を取り繕えないと言う、どうしてそれが恐ろしいものか。むしろ嬉しくて、愛しくて涙が出そうだ。今まで与えられたどんな言葉よりも、欲しかった言葉。
このひとだけが特別で、何よりも失いたくない。
同じ思いに惑っていると、信じてもいいんだろう。
それなら。
「大丈夫です」
―――あんたが失うものなど何もない。
「先生、その自信はどこから」
落ち着きなく銀色の髪を掻き上げている、白く形のいい手。
俺が自分からその手を離すことは絶対にないのだと、分かってもらおう。
「白菜をいくら剥いても芯しか残りませんよ。たまに青虫が出てきて驚くぐらいで」
唐突な言葉遊びに、カカシが目を丸くしているうちに。
「好きなんです、白菜が」
艶っぽい駆け引きも、誘う手管も知らないから。
彼の内のしたたかな上忍が顔を出し、俺の覚悟をはぐらかす前にと、追われるような気持ちで囁いた。
「変な虫が食ってるかも?」
戸惑うように泳ぐ視線を捉えて、
「虫も食わないような白菜を、食いたいとは思いません」
言えば、カカシは低く唸って俯いた。
自分でも恥ずかしくなるような言葉に引かれたのかと、不安になるには充分な沈黙。
だが、他に仕様もなく、息詰まる思いでいらえを待つ。
不意に面を上げたカカシの眼差しはあらぬ方へ。
「……イルカ先生、なんかもー俺、勃っちゃいそうなんですけど」
困り切った様子で呟くのが、とても可愛かった。
目元を薄く染めた端正な貌を掴んで、思いきり引き寄せる。
たまらない、と思う。藍と深紅の綺麗な瞳が俺だけを映す、そのことだけで。
「カカシ先生……」
みっともなく声は掠れ、突き上げてくる衝動に耐えながら、俺は今、きっと助平面を曝している。
「あんたがカワイイことばっかり言ってくれるから、俺、マジで我慢効かなくなってるんですけど」
「イルカ先生、眼がケダモノになってます」
そういう彼の双眸にも、湿った欲が滲んでいるのに気づいた途端、躰のどこかで最後の枷が弾けた。
男同士の経験はないけれど、知ったことか。腕ずくで敵わないなら、泣いて縋ってでもやらせてもらう。
「いや、冗談じゃなく」
「……いいの?」
それはこっちの台詞だろう。今更、嫌だと言われても止められないことぐらい、分かってる筈だ。同じ男なんだから。
「ちょっと黙ってて下さい」
目前で微かに開いている、薄い唇に食らいつく。
いつもカカシがそうするように、舌を絡めて引き込んで。
逞しい背中に腕を回すと、同じように抱き返してくるつよい両腕。
普段より高く感じられる体温に酔いながら、互いの唇を貪り合ううちに倒れ込んだ床の上で、いつの間にかカカシにのしかかられていた。
首筋を擽る熱っぽい吐息。アンダーに潜り込んできた右手が、もぞもぞと腹の辺りをさ迷っている。
こんなことになるかも知れないと、予想しないでもなかったが。
―――仕方ない、よなァ。
つい、溜め息と共に情けない声がこぼれる。
「あー……やっぱり俺が下ですか…」
「駄目?」
触れんばかりに間近で囁く、雄の貌。
いつまで経っても見慣れやしない、恐ろしいほど整い精悍な面に眼も心も奪われて、抵抗しようという気も起きない。
―――畜生、さっきまで泣きそうだったくせに。
「………優しくして下さいね」
やるせない思いを呑んだ譲歩の答えが、「ごめんなさい」とは、どういうことだ。
腹立ちまぎれに、抱き寄せた広い背へ爪を立てれば、もう一度、同じ言葉が甘く喉元を擽った。
いいから、もう。
身に着けたものを剥いでゆく、もどかしい手に腰を浮かせながら、カカシの服をたくし上げる。
早く、触れたくて。
余裕のない子供みたいに脱がせ合い、直に重ねた体温は心地よく、肌の奥まで染み込んでゆく。
その熱さに怯みながら、どこかで安堵していた。
優しい手で、唇で、全身くまなく触れられて、燻っていた情欲を煽られる。
見苦しい傷に埋め尽くされた堅い躰を、カカシは壊れ物のように扱った。気恥ずかしくなるくらい丁寧に、そっと。
巧みな指が脇腹を撫で上げ、肉の狭間で蠢く。
「っ……」
息が詰まるくらい気持ち好くて、躰の芯から沸き上がる熱は、とうに不慣れな感覚を追い越していた。
「イルカ先生」
肌を掠める吐息にさえ、背筋が震える。
優し過ぎて、惨い。
「ねぇ、大丈夫ですか」
答えに窮するようなことを訊いてくる、欲と躊躇に迷う眼差しを、ただ睨む。
大丈夫なものか。
目茶苦茶に昂ぶって、疼く熱を持て余していると、言えるほど馴れ合ってもいないのに、どうしろと。
どうしていいのか分からないまま、心配そうに見下ろすカカシを抱き寄せ、火照る躰を押し付けた。
「あ……ごめんね」
微かに笑みの刷かれた口元が頬に触れ、それから、下に降りてゆく。
両脚を広げられ、熱の凝ったそこを舐め上げられて、腰が跳ねた。
ぬめる舌が絡みつくように這い上がり、先端に口づけられる刺激の生々しさに、呼吸が乱れる。
閉ざされた唇へ押し入る感覚とともに咥え込まれ、それだけで達しそうになったのを必死で堪えたというのに、カカシの舌先は言葉を紡ぐよりも、ずっと器用な真似をして。
「……う……ぁ」
思わず喘ぎが漏れるほど、追い上げられる。
こんなにも他愛なく溶ける躰が、自分のものとも思えず。
熱に浮かされたように皮膚の触感はぼやけ、なのに、奥へ潜り込んでくる、長い指の関節が引っかかるだとか、上顎に擦ると気持ちいいとか、湿った肉の感覚のみが妙にはっきりと感じられた。
濡れた音に誘われ、腰が揺れるのを止められなくて。
柔らかい銀髪を掴んで引いても、離れてはくれなくて。
「く………んっ…!」
耐えきれずに吐き出した。
カカシの、口の中に。
そう思っただけで荒い息が更に乱れるのに、わざわざ聞かせるようにゆっくりと、嚥下する音。
「うわ……」
「イルカ先生?」
頭を上げようとするカカシの背に、思いきり踵を落とした。
「何をするんですか、いきなり」
―――面を上げるなって。
一気に血の昇った頬が、火を吹きそうに熱いから。
俺の方から誘っておいて今更、すごく恥ずかしいだなんて言えないじゃないか。
カカシの肩に引っかけた片脚で、起き上がろうとするのを押さえ込むと、恨めしげな声音が太腿を這う。
「止めませんよ」
「分かってます」
それじゃあ、と再び内側を探り始めた指先が意地悪く、いいところを擦り上げる。
「っ…は………ぁあ……」
突き抜けるような快感に狭まる喉から、とめどなく溢れてくる声を腕で抑え、けれども、下半身はあからさまにカカシに応えている。
死ぬほど恥ずかしいというのは、こういうのをいうのかと考えながら、考えなしの腰が揺らめく。
「イルカ先生、可愛い」
―――何を言ってやがる。
欲に追われた表情でいるカカシの方が、よほど。
言葉を発する余裕もなく、ただ息を継ぐのが精一杯で、少し胸が苦しい。
言いたいことは、たくさんあるのに。
愛してる。
嬉しい。
欲情してる貌が好きだ。
気持ち好いから、もっと。
―――言えるか、そんなの。
どうせ、恥ずかしくて言えやしない。
この躰にこもる熱のように、重ねた肌から思いが伝わればいいのに。
「あ……っ………」
不意に、指が引き抜かれた。
俺の右脚を肩に掛けたまま、カカシが身を起こす。
引き上げられた腰が宙に浮き、床の上に残された脚は限界まで開いていて、まったく不自然な、あられもない姿勢になっていた。
しっかりと抱えられた脚は動かせず、身を捩ることもできない。
見下ろすカカシは困ったように眉尻を下げて、
「イルカ先生……痛かったら、ごめんね」
痛くても止めてくれる気はないらしい。
そんなことを口にするほど切羽詰まっているくせに、申し訳なさそうな貌をする。優しいんだか酷いんだか、分かりゃしないが、望まれていることだけは確かで。
「……構いま…せん。そう、言ったでしょう」
それを、俺も望んでいるから。
乱れたままの呼吸を宥めながら、うまく笑えているといい。
「はやく」
気が遠くなりそうな羞恥を堪えて言えば、低く掠れた声音に名を呼ばれ、突き上げられた。
声も出ない。
躰の内側を穿たれる感覚は、痛みというより衝撃で、頭の中が真っ白になった。
いっぱいに押し広げられたそこへ、なお深く沈み込もうとする猛々しい熱を惧れて、躰が拒む。
無意識のうちに、逃れようと引く腰を捕らえられ、深々と貫かれて、噛み殺し損ねた呻きが漏れた。
泣きを入れたいくらいに、辛く。
俺の肩に額を落としたカカシの、薄く汗ばんだ掌が頬を撫で、荒い息の中で俺を呼ぶのが、嬉しくて躰が震えた。
ゆるく揺さぶられながら、淡い色の髪を抱き寄せる。
「…んっ……ぅ…カカシ、せんせ…い…」
「もっと、呼んで。ねぇ……俺を」
囁きと同時に奥を抉られて、甘い痺れが走った。
我慢できずに溢れた声は、重なる唇に呑み込まれ、舌先に搦め捕られる。
柔らかな銀色が滲んで見えるのは、痛みの所為じゃない。
愛しくて。
腕の中にあるものが、愛しい。
何よりも欲しかった。
ずっと、求められたかった。
祈るように焦がれていたひとが、差し出す腕を離せるものか。 俺に飽いて逃げ出すまで、その命が絶えるまで、どんなに醜く汚れた手でも、離す気なんか毛頭ない。
俺は、カカシほど優しくはないから、愛しいひとの思いを全部、奪ってしまえるだろう。
俺の持てるすべてと引き換えに。
その痛みも悲しみも、俺が所以であるように。
―――どうしてくれるんです。
こんなにも、欲深い思いを抱かせて。
〈終〉
【2002/10/25〜2002/10/26:「イルカさんの部屋」:2002/11/27〜2002/12/14改稿:同人誌「浅い眠り」】
待ち焦がれた気配が、殺気の名残と濃い血臭をまといながら、ひっそり立ち去ろうとするのに我慢がならず、刺々しい言葉を吐いていた。
「何をしてるんですか」
里一番の上忍が、そんな有り様で何をしているのか。
どこもかしこも戦場の汚れにまみれ、迷い子のような貌をして、それでも俺に笑ってみせる男が憎らしいように思えた。
―――あんたを待っていたのに。
遅れた帰還に不安をつのらせ、陽が落ちるたび昏く長い夜を持て余した、俺の思いを置き去りにするのかと、女々しい感情が膨れ上がる。
引き込んだカカシに邪険な言葉を投げつけながら、自分勝手な悲しみが溢れてきて、泣き出しそうになるのを堪えるのが精一杯だった。
呆れるほど饒舌に語り、笑うカカシを見ているのが辛くて、頭ごなしに叱りつけた。
俺を気遣う必要などないのに、いつも自分のことは差し置いて、俺の気持ちばかりを優先する男。
思慮深く情の強いひとは、人間を人間として見ることしか出来ず、他の誰より任務に忠実で、だから、いつも隠された貌は痛みに耐えていた。
死人の業まで引き受ける強欲な優しさが、そんなにもカカシを傷つけるのなら、俺には要らない。同じ痛みを刻まれる方がずっとマシなのだと、伝えられずにいる自分の不器用さが恨めしい。
どうしたらいいんだろう。
どうしたら、慰めてやれるんだ。
この手の中には、彼に勝るものなど何ひとつないというのに。
「俺は、あなたを困らせてますかね」
当たり前だろう。
こんなに物欲しげな、手持ち無沙汰にしている両腕を放っておくなんて、どういう料簡なんだかさっぱり分からない。
しょんぼりと落ちた肩を、抱き締めてやりたい。抱き合って、それで慰められるというのなら、決して拒んだりしないと知って欲しいのに。
「そうですね」
素直じゃないのはお互いさまだ。
俺が子供みたいに汚れないだなんて、牽制のつもりなのか。
好きだとか愛してるとか、耳触りのいい餌を目眩がするほど投げよこすくせに、触れてこようとはしない。その気がないなら、気まぐれに口づけたりしないで欲しい。
側にいられるだけで幸せで、身を寄せられると嬉しくて。
期待しちまうじゃないか。
そういう意味では、俺にはキヨラカさのかけらもないと自負している。
「少なくとも、次から過激なネタはつかえません」
冗談めかして言ったのは本音だから。
「きっと、あなたの言ったことを思い出しますよ。それで、こんなにやらしーこと考えてる俺って……って罪悪感でいっぱいに」
カカシの身も心も、もっと深く知りたい。
繋がって互いの欲を引きずり出して、何もかも曝した姿で抱き合いたいと、浅ましい想像に走るほど求めている自分が情けなくて仕方がないのに、それでも欲しいと思ってしまう。
「どうしてくれるんです」
こんなに俺を惚れさせて。
風に撓う柳のように飄々として強靭な。
〈写輪眼〉やら、木ノ葉一の技師とやら、何かと剣呑な渾名で呼ばれる忍がしおらしく、伏し目がちに泣き言を漏らす。
自分の強さに脅かされているなんて、あまりにも悲しいじゃないか。
「……中に何が隠れているか分かりませんよ」
人目を偽る素の姿が恐ろしくはないかと、暗に問う声音は微かに震え、まるで睦言のように甘く響く。
俺には真意を取り繕えないと言う、どうしてそれが恐ろしいものか。むしろ嬉しくて、愛しくて涙が出そうだ。今まで与えられたどんな言葉よりも、欲しかった言葉。
このひとだけが特別で、何よりも失いたくない。
同じ思いに惑っていると、信じてもいいんだろう。
それなら。
「大丈夫です」
―――あんたが失うものなど何もない。
「先生、その自信はどこから」
落ち着きなく銀色の髪を掻き上げている、白く形のいい手。
俺が自分からその手を離すことは絶対にないのだと、分かってもらおう。
「白菜をいくら剥いても芯しか残りませんよ。たまに青虫が出てきて驚くぐらいで」
唐突な言葉遊びに、カカシが目を丸くしているうちに。
「好きなんです、白菜が」
艶っぽい駆け引きも、誘う手管も知らないから。
彼の内のしたたかな上忍が顔を出し、俺の覚悟をはぐらかす前にと、追われるような気持ちで囁いた。
「変な虫が食ってるかも?」
戸惑うように泳ぐ視線を捉えて、
「虫も食わないような白菜を、食いたいとは思いません」
言えば、カカシは低く唸って俯いた。
自分でも恥ずかしくなるような言葉に引かれたのかと、不安になるには充分な沈黙。
だが、他に仕様もなく、息詰まる思いでいらえを待つ。
不意に面を上げたカカシの眼差しはあらぬ方へ。
「……イルカ先生、なんかもー俺、勃っちゃいそうなんですけど」
困り切った様子で呟くのが、とても可愛かった。
目元を薄く染めた端正な貌を掴んで、思いきり引き寄せる。
たまらない、と思う。藍と深紅の綺麗な瞳が俺だけを映す、そのことだけで。
「カカシ先生……」
みっともなく声は掠れ、突き上げてくる衝動に耐えながら、俺は今、きっと助平面を曝している。
「あんたがカワイイことばっかり言ってくれるから、俺、マジで我慢効かなくなってるんですけど」
「イルカ先生、眼がケダモノになってます」
そういう彼の双眸にも、湿った欲が滲んでいるのに気づいた途端、躰のどこかで最後の枷が弾けた。
男同士の経験はないけれど、知ったことか。腕ずくで敵わないなら、泣いて縋ってでもやらせてもらう。
「いや、冗談じゃなく」
「……いいの?」
それはこっちの台詞だろう。今更、嫌だと言われても止められないことぐらい、分かってる筈だ。同じ男なんだから。
「ちょっと黙ってて下さい」
目前で微かに開いている、薄い唇に食らいつく。
いつもカカシがそうするように、舌を絡めて引き込んで。
逞しい背中に腕を回すと、同じように抱き返してくるつよい両腕。
普段より高く感じられる体温に酔いながら、互いの唇を貪り合ううちに倒れ込んだ床の上で、いつの間にかカカシにのしかかられていた。
首筋を擽る熱っぽい吐息。アンダーに潜り込んできた右手が、もぞもぞと腹の辺りをさ迷っている。
こんなことになるかも知れないと、予想しないでもなかったが。
―――仕方ない、よなァ。
つい、溜め息と共に情けない声がこぼれる。
「あー……やっぱり俺が下ですか…」
「駄目?」
触れんばかりに間近で囁く、雄の貌。
いつまで経っても見慣れやしない、恐ろしいほど整い精悍な面に眼も心も奪われて、抵抗しようという気も起きない。
―――畜生、さっきまで泣きそうだったくせに。
「………優しくして下さいね」
やるせない思いを呑んだ譲歩の答えが、「ごめんなさい」とは、どういうことだ。
腹立ちまぎれに、抱き寄せた広い背へ爪を立てれば、もう一度、同じ言葉が甘く喉元を擽った。
いいから、もう。
身に着けたものを剥いでゆく、もどかしい手に腰を浮かせながら、カカシの服をたくし上げる。
早く、触れたくて。
余裕のない子供みたいに脱がせ合い、直に重ねた体温は心地よく、肌の奥まで染み込んでゆく。
その熱さに怯みながら、どこかで安堵していた。
優しい手で、唇で、全身くまなく触れられて、燻っていた情欲を煽られる。
見苦しい傷に埋め尽くされた堅い躰を、カカシは壊れ物のように扱った。気恥ずかしくなるくらい丁寧に、そっと。
巧みな指が脇腹を撫で上げ、肉の狭間で蠢く。
「っ……」
息が詰まるくらい気持ち好くて、躰の芯から沸き上がる熱は、とうに不慣れな感覚を追い越していた。
「イルカ先生」
肌を掠める吐息にさえ、背筋が震える。
優し過ぎて、惨い。
「ねぇ、大丈夫ですか」
答えに窮するようなことを訊いてくる、欲と躊躇に迷う眼差しを、ただ睨む。
大丈夫なものか。
目茶苦茶に昂ぶって、疼く熱を持て余していると、言えるほど馴れ合ってもいないのに、どうしろと。
どうしていいのか分からないまま、心配そうに見下ろすカカシを抱き寄せ、火照る躰を押し付けた。
「あ……ごめんね」
微かに笑みの刷かれた口元が頬に触れ、それから、下に降りてゆく。
両脚を広げられ、熱の凝ったそこを舐め上げられて、腰が跳ねた。
ぬめる舌が絡みつくように這い上がり、先端に口づけられる刺激の生々しさに、呼吸が乱れる。
閉ざされた唇へ押し入る感覚とともに咥え込まれ、それだけで達しそうになったのを必死で堪えたというのに、カカシの舌先は言葉を紡ぐよりも、ずっと器用な真似をして。
「……う……ぁ」
思わず喘ぎが漏れるほど、追い上げられる。
こんなにも他愛なく溶ける躰が、自分のものとも思えず。
熱に浮かされたように皮膚の触感はぼやけ、なのに、奥へ潜り込んでくる、長い指の関節が引っかかるだとか、上顎に擦ると気持ちいいとか、湿った肉の感覚のみが妙にはっきりと感じられた。
濡れた音に誘われ、腰が揺れるのを止められなくて。
柔らかい銀髪を掴んで引いても、離れてはくれなくて。
「く………んっ…!」
耐えきれずに吐き出した。
カカシの、口の中に。
そう思っただけで荒い息が更に乱れるのに、わざわざ聞かせるようにゆっくりと、嚥下する音。
「うわ……」
「イルカ先生?」
頭を上げようとするカカシの背に、思いきり踵を落とした。
「何をするんですか、いきなり」
―――面を上げるなって。
一気に血の昇った頬が、火を吹きそうに熱いから。
俺の方から誘っておいて今更、すごく恥ずかしいだなんて言えないじゃないか。
カカシの肩に引っかけた片脚で、起き上がろうとするのを押さえ込むと、恨めしげな声音が太腿を這う。
「止めませんよ」
「分かってます」
それじゃあ、と再び内側を探り始めた指先が意地悪く、いいところを擦り上げる。
「っ…は………ぁあ……」
突き抜けるような快感に狭まる喉から、とめどなく溢れてくる声を腕で抑え、けれども、下半身はあからさまにカカシに応えている。
死ぬほど恥ずかしいというのは、こういうのをいうのかと考えながら、考えなしの腰が揺らめく。
「イルカ先生、可愛い」
―――何を言ってやがる。
欲に追われた表情でいるカカシの方が、よほど。
言葉を発する余裕もなく、ただ息を継ぐのが精一杯で、少し胸が苦しい。
言いたいことは、たくさんあるのに。
愛してる。
嬉しい。
欲情してる貌が好きだ。
気持ち好いから、もっと。
―――言えるか、そんなの。
どうせ、恥ずかしくて言えやしない。
この躰にこもる熱のように、重ねた肌から思いが伝わればいいのに。
「あ……っ………」
不意に、指が引き抜かれた。
俺の右脚を肩に掛けたまま、カカシが身を起こす。
引き上げられた腰が宙に浮き、床の上に残された脚は限界まで開いていて、まったく不自然な、あられもない姿勢になっていた。
しっかりと抱えられた脚は動かせず、身を捩ることもできない。
見下ろすカカシは困ったように眉尻を下げて、
「イルカ先生……痛かったら、ごめんね」
痛くても止めてくれる気はないらしい。
そんなことを口にするほど切羽詰まっているくせに、申し訳なさそうな貌をする。優しいんだか酷いんだか、分かりゃしないが、望まれていることだけは確かで。
「……構いま…せん。そう、言ったでしょう」
それを、俺も望んでいるから。
乱れたままの呼吸を宥めながら、うまく笑えているといい。
「はやく」
気が遠くなりそうな羞恥を堪えて言えば、低く掠れた声音に名を呼ばれ、突き上げられた。
声も出ない。
躰の内側を穿たれる感覚は、痛みというより衝撃で、頭の中が真っ白になった。
いっぱいに押し広げられたそこへ、なお深く沈み込もうとする猛々しい熱を惧れて、躰が拒む。
無意識のうちに、逃れようと引く腰を捕らえられ、深々と貫かれて、噛み殺し損ねた呻きが漏れた。
泣きを入れたいくらいに、辛く。
俺の肩に額を落としたカカシの、薄く汗ばんだ掌が頬を撫で、荒い息の中で俺を呼ぶのが、嬉しくて躰が震えた。
ゆるく揺さぶられながら、淡い色の髪を抱き寄せる。
「…んっ……ぅ…カカシ、せんせ…い…」
「もっと、呼んで。ねぇ……俺を」
囁きと同時に奥を抉られて、甘い痺れが走った。
我慢できずに溢れた声は、重なる唇に呑み込まれ、舌先に搦め捕られる。
柔らかな銀色が滲んで見えるのは、痛みの所為じゃない。
愛しくて。
腕の中にあるものが、愛しい。
何よりも欲しかった。
ずっと、求められたかった。
祈るように焦がれていたひとが、差し出す腕を離せるものか。 俺に飽いて逃げ出すまで、その命が絶えるまで、どんなに醜く汚れた手でも、離す気なんか毛頭ない。
俺は、カカシほど優しくはないから、愛しいひとの思いを全部、奪ってしまえるだろう。
俺の持てるすべてと引き換えに。
その痛みも悲しみも、俺が所以であるように。
―――どうしてくれるんです。
こんなにも、欲深い思いを抱かせて。
〈終〉
【2002/10/25〜2002/10/26:「イルカさんの部屋」:2002/11/27〜2002/12/14改稿:同人誌「浅い眠り」】
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